61号 自然災害と電力の安定供給について~自然災害から電力のレジリエンスを考える~

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(2021年1月発行)
画像:TOMIC61号 2020年3月発行

一般財団法人 電力中央研究所 地球工学研究所 構造工学領域 副研究参事
朱牟田善治 (しゅむた よしはる)【写真中央】

1991年入所。博士(工学)。専門は地震工学、信頼性工学、災害リスクマネジメント。
担当の分野は電力流通設備の災害リスク評価・レジリエンス強化および維持管理に関わる研究開発。

一般財団法人 電力中央研究所 地球工学研究所 研究推進担当 上席研究員
豊田康嗣 (とよだ やすし)【写真右】

1992年入所。博士(工学)。専門は土木工学(水工学、河川水文学)。
担当の分野は水力発電施設防災・保全技術。

一般財団法人 電力中央研究所 地球工学研究所 研究推進担当 上席研究員
石川智己 (いしかわ ともみ)【写真左】

1994年入所。博士(工学)。専門は土木工学(構造工学、鋼構造、風工学)。
担当の分野は電力流通設備防災・保全技術。

近年、地震や台風といった自然災害による停電が大規模化している印象があります。とりわけ2019年秋の台風15号による関東地区の大規模停電は、記憶に新しい方も多いと思います。実際のところ自然災害は激甚化しているのでしょうか。また、災害対策として私たちにできることはあるのでしょうか。今回は、一般財団法人電力中央研究所で各分野の災害対策について研究する専門家3名にお話をうかがいました。

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近年の自然災害の特徴は都市部での被災が増えたこと

台風の発生頻度そのものは毎年20~30個ほどで、以前からあまり変わっていません。しかし、2018年の台風21号、2019年の台風15号および19号など、ここ数年は台風やそれに伴う集中豪雨による災害が激甚化する傾向が見られます。最大の理由は、気候変動の影響などによる台風の大型化に伴い、強い勢力を保った台風が都市部にも上陸するようになったからだと言われています。

都市部は、建物や住宅が密集しているため、変電所・電柱・電線等の電気を供給する設備もまた密集しています。ここに台風が来襲すると、電気設備の浸水、トタン屋根・防水シート・看板等の飛来物や樹木倒壊による電線の破損または電柱の倒壊など、電力供給設備に甚大な被害を与え、大規模停電の一因になります。過去にも1991年の台風19号や1999年の台風18号の影響により、九州、中国、四国地方で多数の電柱や鉄塔が倒壊し、大規模で長期間の停電が発生する被害がありました。また、2018年から2019年にかけて都市部に上陸した台風では、停電が広範囲に及んだことから復旧まで長期間を要し、自然災害に対する課題が浮彫りになりました。

また、台風の通過が多く被害を受けやすい九州・沖縄、四国、近畿南部地方では、比較的台風への備えができていますが、今まで台風をあまり経験していない関東や関西の都市部では、備えが十分でなく、被害が大規模化しやすい傾向にあります。

さらに、風は地形や建物によって大きく変化します。都市部では、高層ビルが乱立し、建物が入り組んでいるため、瞬間的に風速が大きく変動し、風向きや風速を予想しにくいことも被害に影響しているでしょう。

そのほかに、都市部では豪雨による浸水にも気をつける必要があります。2000年の東海豪雨では、名古屋市の変電所が河川の氾濫で浸水し、復旧までにかなりの時間を要しましたし、2019年の台風でも多くの変電所や発電所が浸水し、設備の大幅な交換などで復旧までに長期間を要しています。また、都市部に限った話ではありませんが、沿岸部では、台風により巻き上げられた海水に含まれる塩分が碍子や電線等に付着し、停電の原因となる(塩害)こともあります。

画像:各災害時における停電戸数の推移

自然災害と電力の安定供給について

今までの災害を教訓としたより効果的な対策とは?

写真:朱牟田善治

朱牟田善治

最近の事例を教訓として、国や電力会社でも災害対策の強化を進めています。

そのひとつとして、鉄塔・電柱の強度などの技術基準の見直しが検討されています。地形によって風速が変わることを考慮して、鉄塔の強度を一律の基準から実際の地形に合わせたものにしたりする予定です。また、地震や集中豪雨による地盤崩落を考慮して、鉄塔などを設置する地盤や基礎の基準を見直す検討も進んでいます。

さらに、倒木等による電柱倒壊の発生を少なくするために、電線の地下埋設も検討されていますが、これにはメリット・デメリットがあります。

電線の地中化は、空中を通る電線(架空線)に比べて台風や竜巻などの自然災害に強いというメリットがありますが、「敷設コストが高い」、「工期が長い」、「断線などの故障時の復旧やメンテナンスに時間とコストがかかる」といった課題があります。現在、国土交通省、経済産業省、電力会社でコスト低減に向けた手法の調査・研究、工期の短縮化、コスト負担のありかたなどについて検討が進められています。

画像:敷設コスト

また、電柱には電線だけでなく、街灯、標識、防犯カメラなど様々なものが設置されていたり、飛来物等が直接、住宅や事業所などの施設にぶつかることを防ぐ防護壁的な役割を果たすこともあります。したがって、さまざまな要素を考え合わせて災害対策を立てていく必要があります。

画像:ライフライン保全対策事業の取組(計画伐採の取組)
①電力のレジリエンス強化

それでも、電力会社がとれる対策には限界があり、被害を完全に防ぐことは困難です。

では、どうすればいいのか。それは電力のレジリエンス、いわゆる「回復力」をつけることです。災害の発生に備え、電力会社の対策を含めたあらゆる対策を組み合わせて、できる限り被害を少なくする、あるいは復旧を早くする「減災」や「予防」の考え方です。

例えば、2019年の台風15号で電柱損壊や復旧を阻む大きな原因となった倒木の問題は、電力会社だけで解決できる問題ではありません。自治体や土地の所有者などとも連携をとり、強風で倒木が予想される場合には樹木の計画的な伐採を行うなど、災害の発生に備える必要があります。また古い家屋や看板などは、修理や撤去などの対策を採るとともに、台風前には家の周辺や近所を片づけて、飛来物を出さないようにすることも大切です。

また、山間部など倒木により停電が長期化した地域では、自立運転機能の利用による太陽光発電やコジェネといった分散型電源が稼働し、家庭の生活維持や企業の事業継続などに貢献した例もあります。このように、分散型エネルギー(再エネ、蓄電池、コジェネ、電動車等)を活用し、自立的に電源を確保することで災害時・緊急時のレジリエンスを向上させる方策も検討すべきです。また、社会的重要施設への自家発電設備等の導入拡大も必要です。

一方、電力会社としては、防災に対する意識づけ、注意喚起といった情報共有、自治体と地域住民との連携面のサポートが重要になります。今後は、デジタル化も進み、ビッグデータやAIなどを使った被害予測技術を駆使した総合的な減災や防災を進めていくことになるでしょう。

②地域コミュニティとしての取組みの重要性
写真:豊田康嗣

豊田康嗣

以上のように、レジリエンス対策の効果を最大限に発揮するためには、電力会社のみならず、自治体、企業、地域住民等が協調し、コミュニティとして対応することが欠かせません。

コミュニティ全体で災害対策を行った良好事例としては、宮崎県を流れる耳川の事例があります。耳川流域の市町村では、2005年の台風14号で甚大な浸水被害が発生しました。原因のひとつが、記録的な豪雨によって斜面が崩壊したことで、河川や九州電力のダム貯水池に大量の土砂が流れ込み、河川が氾濫したことです。その対策のため、九州電力は、ダムに流入する土砂を下流に流す「通砂」(注)と呼ばれるダム運用が行えるような改造を関係機関の協力のもと行うことになりました。

Pickup Column

(注)ダム「通砂」運用とは?

ダム通砂運用とは、台風による大雨の時に、ダムの水位を下げることで、貯水池を本来の河川のような状態にし、流れる水の力を利用して上流から流れてくる土砂を下流へ通過させる新たなダムの運用のことです。この運用により、ダム上流域では浸水リスクの低減が図れるとともに、ダム下流河川では、生態系を含む水域環境の健全化が期待されます。
出典:九州電力(株)

画像:川耳水系西郷ダム

従来の構造では洪水時に思うように土砂を通過させることができないため、既存のダムの高さを構造的に問題のない範囲で部分的に切り下げる改造工事を実施しています。 この改造が、治水、利水、自然環境にも良いことが理解され、「耳川をいい川にする」を合言葉に、住民・漁業者・自治体・大学までも巻き込んだ活動となっていきました。これは電力会社単体ではできないことで、電力の安定供給+河川の安全+自然環境保護を同時に実現した全国でも珍しい例です。

皆さんに心がけていただきたいこと

災害に対する日頃の備えが大事
写真:石川智己

石川智己

自然災害には台風だけでなく、地震などさまざまな現象があります。近い将来に南海トラフ地震が発生する可能性も指摘されていますが、怖いのは台風と地震が同時に起きるような複合災害です。単体での災害よりもさらに激甚化することが考えられるため注意が必要です。

こうした災害の激甚化やほかの災害との複合状況も考慮した事前の調査・研究・対策は重要ですが、電力会社や自治体がすべての被害を的確に予測するのは困難です。2016年の熊本地震では、地震の影響による大規模な斜面崩壊で、水力発電所の貯水槽などが予期せぬ損害を受け、流出した大量の水で地域住民に被害が発生したことがありました。

このように自然災害が激甚化して、被害を的確に予想することが困難ななか、電源の確保等の停電対策だけでなく、非常時に備えた食料品確保、避難経路の確認といった「自分にできることは自分でやる」という皆さんの身を守るための地道な取組みが大切です。また、関係機関と地域住民の間で、平時の段階から応援部隊や援助物資の受入態勢、配備計画、復旧計画などについて考え方を整理・共有し、訓練を実施しておくことも災害復旧への大きな助けとなります。

A冷静な対応が求められることも

停電復旧作業では、作業準備(工事車両、資機材)→伐採・倒木処理・飛来物除去→被害設備撤去→復旧作業(場合により仮復旧)の手順で行われますが、場所によっては、がけ崩れや倒木によって現地へ入れず、被害状況の把握や復旧作業に時間を要することもあります。2019年の台風15号では、停電被害が関東地方の広範囲に及び、倒木や土砂崩れなどによる道路寸断も重なりました。また、被害の状況が見通せないなかで、停電復旧見込みが数度訂正されたり、電力会社が復旧完了を発表する一方で、個別の地域や住居では停電が続く「隠れ停電」(注)があったりと、被災住民への情報発信のあり方が問題となりました。

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(注)「隠れ停電」とは?

電線の電圧には高圧線、低圧線などの種類があります。停電復旧作業では「高圧線の復旧」→「低圧線の復旧」→「引込線の復旧」の順で対応しますが、現在の電力システムで復旧状況が遠隔で確認できるのは高圧線までで、それ以下は直接現場で確認しなければなりません。これが「隠れ停電」の原因です。

画像:隠れ停電とは?

電力会社も、早期復旧のため懸命に努力されていますが、さきほどのように停電解消にはある程度時間を要するケースもあるため、電力会社への頻繁な問い合わせは控えるなど、冷静な対応も必要かもしれません。

一方で、一刻も早い停電復旧のために、ドローンやヘリコプター、衛星写真を活用した被害状況の迅速な収集・解析、AI技術を活用した復旧予測、各家庭へのスマートメータ設置の促進・活用による戸別の状況把握といった手段を活用して、きめ細やかな情報収集・発信を行うなど、電力会社にも不断の努力が求められていることはいうまでもありません。

画像:点検等をドローンで代替した場合の将来の姿イメージ
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