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放射線が初めて発見されたのはおよそ130年前の1895年です。
これ以降、放射線研究は科学の一分野となっています。
その歴史を振り返ります。

8-1 放射線にかかわる歴史

年号 放射線にかかわる出来事
1895年 レントゲンがエックス線を発見
1896年 ベクレルがウランから不思議な光線が出ていることを発見
1897年 J・J・トムソンが電子の存在を確認
1898年 キュリー夫妻がポロニウムとラジウムを発見
ラザフォードがアルファ線、ベータ線を発見
1900年 ヴィラールがガンマ線を発見
1902年 ラザフォード、ソディが放射性元素の壊変説を発表
1911年 ウィルソンが放射線を観察する霧箱を発明
1919年 ラザフォードが陽子を発見
1932年 チャドウィックが中性子を発見
1934年 ジョリオ=キュリー夫妻が人工放射性同位体を発見(α線照射で)
1938年 ハーン、マイトナーがウランの核分裂を発見
1946年 リビーが炭素14による年代測定を開発
1952年 チャールスビーが放射線照射によるポリエチレンの架橋現象を発見
1954年 放射線を使った厚さ計、密度計、けむり感知器など多数開発
1972年 コーマックとハウンズフィールドがCTを開発

8-2目に見えない現象に挑んできた科学者たち

最初の放射線「X線」の発見

ヴィルヘルム・レントゲン (ドイツ、1845~1923)

1895年真空放電管を使った実験をしている時、黒い紙で管を覆っていても蛍光板が光ることを発見した。 光らせたのは、真空放電管の中から見えない光が出ているためと考え、これを不思議な線という意味でエックス線と名付けた。これが放射線研究のはじまり。
1901年第1回ノーベル物理学賞(X線の発見)を受賞。

天然のウラン鉱石から放射線を発見

アンリ・ベクレル (フランス、1852~1908)

1896年ウラン塩の蛍光を研究中に、ウランが放出した放射線が写真乾板を露光させることを発見し、物質が自然に放射線を発する能力(放射能)を持つことが初めて確認された。放射能の大きさを表す単位の「ベクレル」は、1秒間に放射性物質が壊れる数を表し、この人の名前からとったもの。
1903年ノーベル物理学賞(放射能の発見)を受賞。

放射性物質の発見

マリー・キュリー (ポーランド出身、フランス、1867~1934)
ピエール・キュリー (フランス、1859~1906)

ウラン以外の放射性物質の研究を行い、1898年に新しい放射性の元素ポロニウム、続いてラジウムを発見した。ラジウムは病気の治療や時計の夜光塗料などにも利用された。
1903年に夫妻でノーベル物理学賞(放射の研究)を受賞。

電子の発見

ジョゼフ・ジョン・トムソン (イギリス、1856~1940)

かつて物質の最小構成要素である原子はそれ以上分割できないと信じられていたが、1897年陰極線の特性を調べる過程で、陰極線の正体が負電荷を持つ未知の粒子であることを示し、この粒子が後に「電子」と呼ばれるようになった。
1906年ノーベル物理学賞(気体の電気伝導に関する研究)を受賞。

α線、β線の発見

アーネスト・ラザフォード (ニュージーランド出身、イギリス、1871~1937)

1898年ウランからα線とβ線の2種類の放射線が生じていることを発見し、翌年にはα線とβ線の分離に成功した。1908年α線がヘリウム原子核であることを発見した。また、1919年アルファ粒子を窒素ガスに打ち込むと、水素の原子核固有の反応が検出されたことにより、水素の原子核は窒素に含まれていると推測し陽子を発見した。原子核の発見や放射性元素に関する研究・貢献から「原子物理学の父」とも呼ばれている。
1908年ノーベル化学賞(元素の崩壊および放射性物質の化学に関する研究)を受賞。

X線回折による物質構造の研究

マックス・フォン・ラウエ (ドイツ、1879年~1960年)

X線を結晶に当ててラウエ斑点(回析干渉)の写真を撮り、X線が電磁波であることを示し、X線結晶学、X線分光学への道を開いた。
1914年ノーベル物理学賞(結晶によるX線の回析の発見)。

ヘンリー・ブラッグ (イギリス、1862年~1942年)
ローレンス・ブラッグ (オーストラリア出身、イギリス、1890年~1971年)

X線回析による結晶構造解析を研究する方法を確立した。この過程でX線分光器を考案。
1915年親子でノーベル物理学賞(X線を用いた結晶構造の研究)を受賞。

γ線の発見

ポール・ヴィラール (フランス、1860年~1934年)

1900年 ウランから放出される放射線を研究している時に、X線に似て透過力が高く、電荷を持たない未知の放射線を発見した。ラザフォードがヴィラールの放射線はそれまでに名付けられていた放射線とは根本的に異なるものであると認知し、1903年 アルファ線とベータ線からの類推でヴィラールの放射線を「ガンマ線」と名付けた。

原子核崩壊の研究

フレデリック・ソディ (イギリス、1877年~1956年)

放射性元素の研究で、アルファ壊変(崩壊)・ベータ壊変(崩壊)などを見出した。同位元素(アイソトープ)の命名者でもある。
1921年ノーベル化学賞(放射性物質の研究、同位体の起源と性質の研究)を受賞。

霧箱の発明

チャールズ・ウィルソン (イギリス、1869年~1959年)

1895年から人工的に雲を発生させる実験を重ね、その実験装置はイオンを可視化する装置として改良され、Cloud Chamber(霧箱)と名付けられた。1911年にはX線やα線などの放射線の飛跡を可視化し、写真撮影することに成功した。霧箱はその後多くの研究者によって初期の原子物理学の研究、特に宇宙線の研究に大いに役立てられた。
1927年ノーベル物理学賞(ウイルソン霧箱の発明及び期待電離の研究)を受賞。

中性子の発見

ジェームズ・チャドウィック (イギリス、1891年~1974年)

1932年透過力の強い放射線をいろいろな物質に衝突させると陽子がはじき出されることを確認し、この放射線が陽子とほぼ同じ質量をもつが電荷をもたない中性の粒子「中性子」であることを実証した。1920年代を通して原子は陽子と電子から構成されていると考えられていたが、原子の構造をうまく説明できない矛盾点を抱えていた。中性子の発見により、その矛盾が解決された。
1935年ノーベル物理学賞(中性子の発見)を受賞。

放射性同位元素の作出

ジャン・フレデリック・ジョリオ=キュリー (フランス、1900年~1958年)
イレーヌ・ジョリオ=キュリー キュリー夫妻の長女 (フランス、1897年~1956年)

アルミニウムへアルファ線を照射することによって世界初の人工放射性同位元素であるリン30(P30)の合成に成功した。
1935年に夫婦でノーベル化学賞(新種の放射性同位元素の作出)を受賞した。

核分裂の発見

オットー・ハーン (ドイツ、1879~1968)
リーゼ・マイトナー (オーストリア、1878~1968)

1938年 ハーンは、ウラン原子に中性子を吸収させたときに、核は大きくならず、より小さい原子(バリウム)に分裂することを発見した(核分裂の発見)。マイトナーは「核分裂」の概念の確立者で、この現象を「核分裂」によるものと解釈・命名した。
ハーンは1944年ノーベル化学賞(原子核分裂の発見)を受賞。

X線照射による突然変異の発見

ハーマン・マラー (アメリカ、1890年~1967年)

1927年にX線によって突然変異が誘導できること(人為突然変異)を発見し、遺伝子が物質からできていることの証拠となり、その後の分子生物学の誕生にも影響を与えた。
1946年ノーベル生理学・医学賞(X線照射による突然変異体発生の発見)を受賞。

プルトニウムや超ウラン元素の発見

グレン・シーボーグ (アメリカ、1912年~1999年)
エドウィン・マクミラン (アメリカ、1907年~1991年)

マクミランは1936年C-14を発見、1940年ネプツニウムを発見。その後、シーボーグとの共同研究で、プルトニウムを発見。1945年シンクロサイクロトロンの原理を発表した。
共に1951年ノーベル化学賞(超ウラン諸元素の発見)を受賞。

原子核変換

ジョン・コッククロフト (イギリス、1897年~1967年)
アーネスト・ウォルトン (アイルランド、1903年~1995年)

1932年直流高電圧により加速した陽子をリチウムの原子核に衝突させて、原子核を壊すことに成功し、核変換を初めて実現した。
共に1951年ノーベル物理学賞(原子核変換についての先駆的研究)を受賞。

炭素年代法の確立

ウィラード・リビー (アメリカ、1908年~1980年)

天然に存在する炭素14の半減期を精密に測定し、新しい年代測定法を確立した。この方法は考古学における年代決定に大きな進歩をもたらした。
1960年のノーベル化学賞(放射性炭素による年代決定法)を受賞。

X線断層撮影法の開発

アラン・コーマック (南アフリカ出身、アメリカ、1924年~1998年)
ゴッドフリー・ハウンズフィールド (イギリス、1919年~2004年)

コーマックは1963年~1964年にX線の組織吸収分布の数学的解析法を確立し、X線CTの理論的基礎を与え、1972年ハウンズフィールドはX線CTスキャナーとして具体化した。
共に1979年ノーベル生理学・医学賞(コンピュータを用いたX線断層撮影法の開発)を受賞。

電子顕微鏡の開発

エルンスト・ルスカ (ドイツ、1906年~1988年)
マックス・クノール (ドイツ、1897年~1969年)

2人は1931年に光(波)の代わりに電子線(波)を用いた電子顕微鏡を開発した。
クノールが没してから17年後、最初の開発から55年後の1986年に、ルスカはノーベル物理学賞(電子顕微鏡に関する基礎研究と開発)を受賞。

リチャード・ヘンダーソン (イギリス、1945年~)
ヨアヒム・フランク (ドイツ出身、アメリカ、1940年~)
ジヤック・デュボシェ (スイス、1942年~)

ヘンダーソンは、電子顕微鏡を使って生体分子を原子の大きさで3次元画像撮影することに初めて成功。フランクは、2次元画像から鮮明な3次元画像を再現する方法などを考案。デュボシェは、試料が入った溶液を急速に冷却することにより、タンパク質などの生体分子試料の立体画像を正確かつ鮮明に観察できる手法を考案した。3人の研究により、生体の分子を本来の自然な状態で電子顕微鏡観察ができるようになった。
共に2017年ノーベル化学賞(低温(クライオ)電子顕微鏡法の開発)を受賞。

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