『放射線』ってなに?

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画像:「放射線」ってなに?

目 次

寄稿

放射線・放射能の理解に向けて

写真:出光 一哉 氏

九州大学名誉教授
東北大学金属材料研究所特任教授

出光 一哉 氏(いでみつ かずや)

1980年九州大学工学部応用原子核工学科卒業。
1982年同大学大学院工学研究科応用原子核工学専攻修了。
同年、動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)入社。
1989年九州大学助手、1993年同助教授、2002年九州大学大学院工学研究院教授を経て現職。
専門は放射性廃棄物処理、核燃料開発など。経産省などの各種委員も務める。博士(工学)

皆さんは、放射線・放射能という言葉を聞いて、どのように感じるでしょうか? 怖い、危険、被ばく、非日常...といった負の感情でしょうか? 日本は世界で唯一の被ばく国であるため、多くの国民は放射線・放射能に対して負の感情を抱きやすいと思います。多くの方は、自分達が放射線の存在しない世界に住んでいると誤解していて、少しの放射線が検出されても危険だと思う傾向があります。しかし、放射線は日常に存在し、我々人類はその中で生活をしています。後ろのページで紹介がある霧箱という装置を使えば、今この時身の回りを飛び交っている放射線の様子を見ることができます。放射線そのものは見えませんが、どこを飛んだかという軌跡を可視化することができます。実際、一立方メートルの空気の中では、毎秒30個ほどのアルファ(α)線が発生しています。その他、ベータ(β)線、ガンマ(γ)線ももっと多く飛び交っていて、空からは宇宙放射線(宇宙線)が降り注いでいます。ウランやプルトニウムと聞いて危険と思う人もいます。でも、ウランはどこにでもある元素で、地面にも海水中にもあります。ウランは自然界で最も身近な放射性元素の一つです。この他、健康に良いとされるカリウムは放射性のものを必ず含んでいますし、我々の体を構成している炭素にも放射性のものがあります。これらの中で人類や他の全ての生物が生まれ、進化してきました。現在の地表の放射線量は、健康に影響を与えないレベルなので、安心してください。危険かそうでないかは、放射線の量や放射線を発生させる物質(放射性物質)の濃度の高低で決まります。日本の著名な物理学者である寺田寅彦の言葉に、「物事を必要以上に恐れたり、全く恐れを抱いたりしないことは容易いが、物事を正しく恐れることは難しい」とあります。この資料を読んだ皆さんが、正しく放射線を理解し、正しく恐がることができるようになることを願っています。

さて、放射線はただ危険で役に立たないものなのでしょうか?...否! 現代社会は放射線に関する科学・技術無しには成り立ちません。前述の霧箱を発明したイギリスの科学者チャールズ・ウィルソンはノーベル物理学賞を受賞し、その後の放射線利用の礎になっています。

今、皆さんが使っている携帯電話(スマートフォン)やコンピュータの中にある電子回路は放射線の技術無しに作ることができません。人類は放射線を自由に作り出すことで、半導体の超微細加工や、その観察(品質管理)を行っています。最高性能の電子顕微鏡は、固体中の原子一個一個の位置を見ることや、それが何の元素であるかを知ることができます。加速器を使った放射光装置では、さらにその結合の状態も可視化できます。大型加速器実験では、原子の中にある原子核の構造について調べ、宇宙創世時期の火の玉状態の世界を創り出すこともできるようになりました。ドイツの科学者オットー・ハーンはウランの原子核が中性子を吸収して分裂することを発見し、ノーベル化学賞を受賞しました。彼は当初その発見が世の役に立つとは思っていませんでした。その後、エンリコ・フェルミをはじめとするノーベル賞受賞者達が核分裂エネルギーを連続して取り出せる装置(原子炉)を開発し、今では世界各地に400基ほどの原子炉が電気を生み出しています。ポーランドの科学者マリー・キュリーは鉱石の中から自然界にある放射性元素としてラジウムを初めて分離し、ノーベル物理学賞を夫婦で受賞し、夫ピエールの死後単独でポロニウムの発見によりノーベル化学賞も受賞しました。マリーの娘イレーヌもフレデリック・ジョリオと結婚、夫婦で人工放射性物質を初めて生成し、ノーベル化学賞を受賞しています。前述のフェルミは40種以上の人工放射性同位元素を作り出しています。現在、医療には多くの放射性同位元素が使われています。第一回ノーベル賞の受賞者ヴィルヘルム・レントゲンを知らない人はいないでしょう。その名を冠するレントゲン(X)線の発生とその性質を詳細に調べ、医療だけでなく、空港の手荷物検査や殺菌にも使われています。放射線・放射能は、この他、工業(製鉄、化学合成、分析など)、農業(品種改良、発芽防止、殺菌など)、宇宙(放射線天文学)、歴史(年代測定、遺跡調査)にも多く利用されています。

さあ、本書を足がかりに、放射線・放射能の世界を理解してみませんか。

(2023年10月)

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