70号 持続可能な社会の実現に向けたエネルギーの需給問題 ~エネルギーの作り方だけでなく使い方を考える~

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画像:TOMIC70号 持続可能な社会の実現に向けたエネルギーの需給問題 ~エネルギーの作り方だけでなく使い方を考える~

国際環境経済研究所理事・主席研究員/U3イノベーションズLLC共同代表/東北大学特任教授
竹内 純子(たけうち すみこ)

東京大学大学院工学系研究科にて博士(工学)。
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、1994年東京電力入社。
2012年に独立し、地球温暖化対策、エネルギー政策等の研究と提言をおこなってきた。
GX実行会議をはじめ、各種政府委員を歴任。
著書に「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」、「誤解だらけの電力問題」、「電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦」など。

持続可能な社会の実現は世界中で取り組むべき課題であり、その重要なテーマのひとつにエネルギー・環境問題があります。日本は、2050年カーボンニュートラルを宣言し、2030年度に2013年度比で温室効果ガスを46%削減するという野心的な目標を立てていますが、その実現には多くの困難が伴うとも考えられています。今回は、国際環境経済研究所理事の竹内純子氏に、わが国がカーボンニュートラルを実現するためにはどのような方策が必要なのか、お考えをお聞きしました。

産業革命以上の社会変革が必要

現在、G7諸国を先頭に、世界が表明している気候変動目標は極めて野心的なものです。日本政府は「2030年度に2013年度比で温室効果ガスを46%削減」という目標を踏まえて長期エネルギー需給見通しを公表しました。しかし、これはこうした野心的な気候変動目標に方向性を合わせたもので、46%削減を達成とするとすれば、2030年度のエネルギー需給はこのような形になるということを示したものです。

本来、気候変動目標とエネルギー政策は一体的に考えるべきものです。ただエネルギー政策は足元の現実を踏まえて着実に考えなければなりませんが、温室効果ガス削減との整合性を足元から考えていたのでは大きな変化は起こせません。カーボンニュートラル実現には、18世紀の産業革命よりも大きな社会変革を起こさなければなりません。気候変動問題については、将来のあるべき姿を設定し、そこから遡って具体的な方策を考えていくバックキャストの手法が採られます。

カーボンニュートラルを実現するには、エネルギーの作り方を変えるだけでなく、使い方を変える必要があります。すなわち、社会のインフラや暮らし方そのものを変化させなければならないということです。なお、パリ協定という国連の枠組みにおいては、5年に一度、温室効果ガス削減目標を提出し直さなければなりません。2025年2月までに、現在の「2030年までに46%削減」に代わる目標を提出しなければならないのです。

カーボンニュートラル実現のためには2つの柱があります。ひとつは、需要側の電化です。省エネや高効率化は需要を抑える重要な手法ですが、化石燃料を使用する限りCO2排出量はゼロになりません。ゼロにするためには、たとえばガソリン車から電気自動車に乗り換え、その電気を脱炭素電源で作るといったことが必要になります。

これがもうひとつの柱です。電源の低・脱炭素化、つまり電気を作る際に温室効果ガスを出さない方法にすることです。ただ、再生可能エネルギー(以下、再エネ)や原子力、水素、アンモニアといったいわゆるカーボンフリー電源には、供給安定性や経済性などの面でメリットもあればデメリットもあります。つまり、今見えている技術だけではカーボンニュートラルの実現は難しく、核融合など革新的な技術も視野に入れていかなければなりません。

画像:2030年度におけるエネルギー需給の見通し

出典:資源エネルギー庁「2030年度におけるエネルギー需給の見通し」

エネルギーは国家の問題

G7等で石炭火力発電所の存続について、活発に議論されています。石炭火力は、今でも世界のエネルギー供給を支えていて、この存廃は大変難しい問題です。再エネの導入は進んでいますが、その主役である太陽光発電や風力発電は、気象の影響で発電量が決まります。太陽光と風力の両方があればどちらかは発電するだろうといわれていたのですが、ドイツでは「無光無風」を意味する「dunkelflaute(ドゥンケルフラウテ)」という言葉が生まれたように、太陽光も風力も発電しないときに電力をどう確保したり調整したりするかが大きな問題になっています。欧州やアメリカでは、数週間にわたって風力発電の出力が低下するという経験もしました。再エネが増えたからといって火力発電など他の発電設備を廃止してしまうのはリスクであり、再エネの価値は、化石燃料の消費を減らすことだという認識が広がってきました。

現在、社会のデジタル化に伴いデータセンターの建設が進んでいますが、こうした動きは電力需要を増加させると考えられています。また、IEA(国際エネルギー機関)は、気候変動に伴う冷房需要の急増によって、電力需要は増加し、石炭火力の廃止論議は長期戦になるだろうという見通しを公表しています。国際会議の場では、気候変動に対する先鋭的・政治的なメッセージを発することになりがちですが、それがエネルギーの安定供給や経済性において、どんな影響を及ぼすかを今一度考える必要があります。

各国がどういうエネルギー政策をとるかは、それぞれの国家の安全保障に関わる重要事項です。日本では石炭火力発電所でのアンモニア混焼の実証試験が行われていますが、一部の国や環境NGOなどから「石炭火力の延命」という批判があります。そもそも、国家の安全保障に関わる重要事項を、環境の観点からだけ見た批判で左右されるべきではありません。加えて、モンスーン気候であるアジアでは、出力変動が大きい再エネを主軸にするのは難しいため、日本のアンモニア混焼技術に期待が高まっています。「世界が批判している」という報道などは、あまりに雑な整理だと思います。先日、JERAの碧南火力発電所でアンモニア混焼の実証試験を視察しましたが、アジアを中心に海外から多くの視察が来ていると聞き、改めて期待の高さを実感しました。

エネルギーについては、国によって需給や設備・技術の状況も違っており、一律に何が正しく何が悪いということはできません。カーボンニュートラルに向けての道筋は、その国あるいは地域によって多様であるべきだというのがパリ協定の精神ですので、すべての国が欧州型の手法を目指す必要はないと考えます。

画像:主要国の電源別発電電力量の構成比

出典:電気事業連合会「原子力・エネルギー図面集」

原子力発電は脱炭素社会に欠かせないピース

エネルギーの研究者の立場からすれば、カーボンニュートラルや社会のデジタル化を踏まえると、日本が原子力発電というピースを手放すのは極めて難しいと言わざるを得ません。わが国が高いエネルギーコストと供給不安を受け入れ、脱炭素化やデジタル化も諦めるのであれば、原子力発電が絶対に必要ということにはならないかもしれませんが、現実的にこうしたリスクを受け入れるのは難しいと思います。原子力の利用に伴うリスクに目が行きがちですが、原子力を利用しないことによるリスクも当然あるのです。ただ、供給安定性の向上、電気料金の低減、燃料購入に伴う資金の海外流出抑制、温室効果ガス削減、エネルギー自給率の向上など、原子力を利用するメリットは広く電力ユーザーが享受する一方で、原子力の利用に伴うリスクは立地地域の方々に主にのしかかります。リスクを極限まで低減させ、かつ、立地地域の方たちにメリットがもたらされるよう国が手を尽くす必要があります。

また、原子力の分野では新しい技術開発が世界的に進んでいます。かつての日本は、技術レベルの高さやサプライチェーンの裾野の広さで、世界から大きく期待される国でしたが、10年以上にわたり原子力政策が停滞しました。近年、原子力発電所の新増設は、中国やロシアなどが中心でしたが、最近になって西側諸国でも新増設の動きが出てきました。日本が西側諸国のこうした動きと連携していくことが重要と考えます。

画像:日本のエネルギー政策の考え方

出典:資源エネルギー庁「METI Journal」

技術の社会実装のためには条件整備が必要

原子力に限らず、科学技術が社会実装されるためには、技術開発だけでなく社会的な条件整備が必要となります。とりわけ原子力は、安全規制の最適化や、万が一の事故が起きた際の賠償制度、ファイナンスに関する制度、人材供給やサプライチェーンなどの整備が重要で、これがなければ、小型モジュール炉(SMR)や高温ガス炉などの新技術の社会実装は難しいと思います。中でも、安全規制の最適化は重要です。規制基準の適合審査にここまで時間がかかるのは、海外の専門家から見ても改善すべきとの声が聞かれます。

また、原子力は燃料調達から使用済燃料の処理・処分まで非常に長期間にわたる事業です。放射性物質は国際的なルールのもとに厳格に管理されているので、国の関与は不可欠です。発電事業の一義的な責任は事業者にありますが、廃棄物処分事業には国の責任が求められます。

原子力事業に関して、もうひとつ重要なことがあります。電力自由化の修正です。自由化された市場では、建設期間が短く、早く投資回収ができる技術にしか投資が行われません。原子力発電所は莫大な初期投資が必要ですし、運転開始までのリードタイムが長いものです。建設期間が長引くと、コストも増大し、プロジェクトを成り立たせるのが難しくなります。特に自由化された市場では投資回収の不確実性があるため、原子力への投資は縮小します。英国も米国も原子力発電の新設を促すために政策的な措置を講じています。

画像:主要国の原子力発電設備(2023年1月1日現在)

出典:日本原子力産業協会「世界の原子力発電開発の動向2023年版」

サプライチェーンや人材確保のために定量的見通しを

現在、国内の大学で、原子力という名を冠する学科があるのは、2つの私立大学しかありません。これは国として憂慮すべき状況だと思います。原子力は発電分野だけでなく、医療や農業など生活の隅々まで応用できる学問です。ただ、若い人に原子力は社会貢献度が高い学問だと思われなければ、学科を設けても学生は入ってこないでしょう。

2022年、イギリスは2030年までに8基、フランスは最大14基の原子力発電所を建設するという方針を表明しました。このように政府が定量的な見通しを示すことには大きな意義があります。定量的な見通しがなければ、メーカーやサプライヤーは設備投資や人材確保の判断ができないからです。政府が具体的な建設基数を示せば、国内でサプライチェーンが立ち上がり、技術を支える人材の採用や育成につながっていきます。

福島第一原子力発電所の事故以降、日本は「原子力依存度の低減」という方針を掲げてきましたが、これを転換すべき時期に来ていると思います。現在、第7次エネルギー基本計画の策定が行われていますが、原子力依存度を低減するといった文言を削除して、新増設を否定せず、定量的見通しを示すことが国の役割だと思います。

画像:原子力関係学科の科目数(上段:総数/下段:分野別)

出典 : 経済産業省「サプライチェーン強化に向けた人材育成の取組」
出所)日本原子力学会「原子力コアカリキュラム開発調査報告書」(平成20年3月)、 文部科学省アンケート(2019年)、JAEA HPより資源エネルギー庁作成
注)7大学からのアンケート結果の平均値。分野別は学科数を抜粋して掲載

(取材日:2024年7月26日)

写真:竹内 純子氏
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