69号 日本のエネルギー安全保障のために考えるべきこと~第1次オイルショックから50年を契機に~
一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 資源・燃料・エネルギー安全保障ユニット担任/国際情勢分析第一グループ マネージャー研究理事
久谷 一郎 (くたに いちろう)
1995年、早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻修了。同年、日本鋼管株式会社(現 JFEエンジニアリング株式会社)入社。2007年、日本エネルギー経済研究所入所。専門分野はエネルギー安全保障政策、アジアを中心とした地域情勢など。共著に「国際エネルギー情勢と日本」(2015年)ほか。
日本はエネルギーを大量に消費する国でありながら、エネルギー資源のほとんどを海外からの輸入に頼っているため国際情勢の影響を受けやすく、かつては、1970年代の二度にわたるオイルショックのような社会的混乱を招くことがありました。今回、エネルギーの安全保障に詳しい日本エネルギー経済研究所の久谷一朗氏に、エネルギーをめぐる日本と世界の現状、また今後どのような対策を考えていかねばならないかについてお聞きしました。
危機意識がもたらした日本のエネルギー構造の変化
1973年に起こった第1次オイルショックは、第4次中東戦争が引き金です。中東の産油国がアメリカなど親イスラエル国への原油輸出を止め、また原油価格を引き上げたため、日本でも原油の輸入が止まるかもしれないという不安感が広がりました。79年の第2次オイルショックは、イラン革命以降にイランや中東産油国が原油の生産を減らしたことが原因です。ただし、オイルショックで実際に日本の原油の輸入がストップしたわけではありません。製造過程で石油を使う紙製品などの買い占め騒動が起こったのも、どちらかといえば心理的な要因が強く働き、危機意識が社会の混乱を招いたといえます。
こうした危機意識が、その後の日本のエネルギーにさまざまな影響を及ぼします。エネルギーの8割近くを中東の石油に依存していた状態から、脱石油・脱中東の動きが強まり、エネルギー源の多様化や原油輸入先の多角化が進みました。さらに省エネや再生可能エネルギー(以下、再エネ)など、エネルギーに関する多様な研究開発が行われるようになります。具体的には、ヒートポンプなどエネルギーの効率的利用を目指したムーンライト計画、太陽光発電など再エネの研究開発を行なったサンシャイン計画などがあります。
こうした取り組みは、現在まで続く日本のエネルギーのあり方の基盤となりました。多様なエネルギー源・輸入先を組み合わせる考え方もそうですし、産業部門で大きく進んだ省エネ技術は世界に誇れるものです。今や世界中で利用されているLNGも、世界で初めて本格的に導入したのは日本です。日本がLNGのマーケットをつくったと言っても過言ではありません。日本のエネルギー基盤は危機を経験したことでより強靭なものへ変わることができたのです。
短期と長期で考えるべきエネルギー安全保障問題
近年はエネルギーの安全保障に、地球温暖化問題が関わるようになってきました。世界中で気温上昇や干ばつ、洪水などが頻繁に起こり、一般の人たちも気候変動を実感するようになっています。地球温暖化に最も大きな影響を及ぼすCO2などの温室効果ガスの増加は人間活動が要因である可能性が極めて高く、温室効果ガスの8割以上がエネルギー分野であることから、エネルギーセクターの脱炭素化は不可欠となっています。企業や投資家の視点からは、脱炭素化は新たなビジネスチャンスのみならず、エネルギーの安全保障にもつながります。そのために活用される再エネ・省エネ・原子力などの技術開発こそが、エネルギー自給率の向上、エネルギーコストの抑制に寄与します。しかしながら、安全保障上のさまざまな課題も解決することができる脱炭素化は、技術開発や一般への普及には長い時間を要するため、長い時間軸で考えていくことが必要です。
一方、足元にはすぐに対応が必要な安全保障問題があります。例えばウクライナ問題では、欧州で天然ガスの供給がひっ迫する事態になりました。そのため、これまで気候変動対策を最優先にしてきた欧州ですが、ここ1~2年は安全保障対策に大きく舵を切っています。ドイツは廃止を決めていた石炭火力の運転を延長させていますし、イギリスは北海油田の再開発を進めています。温暖化対策の先進地であった欧州でさえ、安全保障を優先せざるを得ないのです。
重要なことは、エネルギー安全保障には長期と短期の目線が必要で、それぞれの手法をうまく組み合わせて状況を乗り切っていくことです。
これからの日本が取るべきエネルギー安全保障対策
日本ではどのような対策を取っていけばいいのでしょうか。確かに長期的には再エネや省エネの活用が必要ですが、短期の対策には多くの選択肢はなく、私は、既設原子力発電の再稼働が効果的だと考えています。今すぐ使える大規模な脱炭素電源はこれしかありません。
長期の対策は地道な開発を続けていくしかありません。再エネに関しては、太陽光発電にまだまだ余地があると考えています。新築住宅に必ず太陽光パネルを設置するなどの法整備や、蓄電池と組み合わせた効率的な運用が必要だと思います。洋上風力もポテンシャルのある分野ですが、漁業関係者との調整や、大型設備設置のために必要となる港湾などのインフラ整備が必要となります。国や大手メーカー、商社などが開発をリードしていくべきであり、いったん成功事例が生まれると一般への理解も深まっていくはずです。
省エネに関しては、産業部門の大手企業ではやりつくした感があり、今後は省エネが進んでいない中小規模の企業が対象となっていきます。これら企業は省エネのためのノウハウも資金も持ち合わせていない例が多いことから、補助金を得るためのサポートなどの方策が必要となります。
もうひとつ、日本で最も遅れているのが建物の省エネです。仮に一般家庭で省エネのためのリフォームを行うとなると、かなりの費用がかかるため二の足を踏む人も多いでしょう。省エネは効果が見えづらい側面があるので、どういった効果があるのか、一般に向けて「見える化」を進めていく必要があります。そうすればLED照明が経済性と環境への負荷の低さから普及していったように、時間をかけて浸透していくと思います。
コラム
行動変容を促す市場と価格の関係性
「見える化」を行うときに重要となるのが価格。人々の行動が変容するとき、価格が大きな役割を果たすことが少なくありません。価格は消費者にとって分かりやすい目安であり、電気料金やガス料金が下がったとなれば、目に見えて利益があると感じられます。自分に利益があると分かれば、エアコンや冷蔵庫などの家電を買うときも、製品価格は上がってもエネルギー効率の良いものを買うようになります。
マーケットが本来持つ調整機能が十分に発揮されれば、補助金に頼らずとも、価格をきっかけに人々が新しい行動を起こすようになり、効果的な支援が可能となるでしょう。
エネルギーに関する新たな世界課題
中東で起こっているイスラエルとハマスの紛争は、イランやサウジアラビアなどの産油国に飛び火すると問題ですが、現在のところエネルギーの面ではさほど影響はないと考えます。またウクライナ問題による天然ガスのひっ迫は、あと数年耐えられれば解決に向かう可能性があります。アメリカやカタールなどでは天然ガスへの投資が急激に増加しているので、2~3年後には大量のLNGが生産できるはずです。
日本にとって今後大き なリスクになると考えられるのが中国です。中国が主権を主張する東シナ海や南シナ海は、日本へエネルギー資源を運ぶタンカーの通り道でもあります。また中国の国内市場は巨大なので、中国がどのように資源を使うかによって、世界のエネルギー市場も大きな影響を受けます。
さらに、クリティカルミネラル(重要鉱物)やグリーンテクノロジーの分野でも中国の存在は大きくなっています。太陽光・風力・蓄電池・EVといったクリーン技術の製造能力は中国が際立っていますし、クリーン技術に欠かせないレアアースなどの重要鉱物も中国が多くを生産しています。脱炭素社会を目指す動きは、あらゆる側面で中国に依存しているといえるでしょう。
オイルショックで経験したように、特定国への資源の依存は大きなリスクとなるため、今後は多様化を進めることはいうまでもなく、日本国内での製造能力向上のほか、アメリカ、オーストラリア、韓国などの友好国と協働してものづくりを行うことも手段のひとつとなります。
アジアを巻き込んだGXの推進を
GX(グリーントランスフォーメーション)については、多くの企業が取り組むべき課題であり、今後の方向性としては正しいと思います。けれども、これから先はあらゆる国で同じ動きが起こり、世界全体での競争になります。その中で日本が沈まないためには工夫が必要です。今の日本は1970~80年代のような活気ある経済状況ではないため、全方位で頑張ることはできません。日本なりの強みや得意なことを活かしていくことが大切です。分野としては工作機械や自動車などの得意産業があり、製品としては複雑性の高いもの、例えば半導体であれば汎用品ではなく特殊用途品を強化すべきでしょう。
後カーボンに値段がつくようになると、カーボンの排出が少ない方が製品価格が安くなります。価格競争力を保つためにも、脱炭素化はなるべく早く実現することが理想です。そのためにはアジア全体を巻き込んだGXの推進が必要です。日本企業の多くは東南アジアなどに製造拠点を置いており、こうした地域の脱炭素化が実現しなければ真の意味での脱炭素化とはいえません。発展途上にあるアジア諸国の脱炭素化は難しい課題ですが、将来のために必ず実現していかなければならない課題です。
(取材日:2023年12月20日)