66号 電力小売市場の混乱を考える~電力小売自由化がもたらした課題と将来展望~

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(2022年9月発行)
画像:TOMIC66号 2022年9月発行

一般財団法人 電力中央研究所/社会経済研究所 上席研究員
遠藤操 (えんどう みさお)

2008年、電力中央研究所入所。筑波大学システム情報工学研究科修了、博士(工学)。数理ファイナンスや市場分析(燃料、卸電力、金融、証券)について研究。

一般財団法人 電力中央研究所/社会経済研究所 主任研究員
澤部まどか (さわべ まどか)

2009年、電力中央研究所入所。慶応義塾大学大学院商学研究科修了、博士(商学)。産業組織論や規制の経済学について研究。

ここ最近、電力小売事業に参入した新電力の経営破綻、あるいは事業からの撤退が大きく注目を集めるようになっています。とりわけ2022年に入ると破綻を含めた事業からの撤退が相次ぎ、前年を大幅に上回るペースとなっています。私たちの生活にも影響を与えるこうした状況はなぜ起こったのでしょうか。また今後の新電力や電力市場はどうなっていくのでしょうか。今回は、一般財団法人電力中央研究所の遠藤操氏、澤部まどか氏のお2人に、こうした問題についてお聞きしました。

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電力小売全面自由化によって誕生した新電力

新電力とは、電力小売市場の自由化に伴って、新たに参入してきた小売電気事業者をいいます。それ以前の電力の供給体制は、東京電力、関西電力、九州電力といった旧一般電気事業者である大手電力会社(以下、大手電力)が、発電~送配電~小売を一貫して担っていました。また電気料金についても一定の規制がありました。しかし、より活発な競争を促すために電力システム改革を行い、発電・小売と送配電を分離して、発電と小売には誰もが参入できるようにし、電気料金規制もなくしました(ただし、小売競争が十分進展するまでは経過措置として存続)。なお、送配電は中立化され、大手電力が別会社化して引続き運営しています(図表1参照)。

画像:電力システム改革と電直市場(図表1)

電力小売全面自由化以降、電力小売事業への関心が高まり、それまで電力事業に関わりがなかった異業種からも多くの新規参入がありました。その結果、全国で700社以上の新電力が誕生し、新規参入したガス会社や通信会社などでは、それぞれの本業と合わせたセットプランを設定するなど独自のサービスが生まれています。

新電力の多くは自前で発電所を所有していません。そのため、日本唯一の卸電力取引所(JEPX)を通じて電力を購入するケースがほとんどです。当初は電力の仕入れ価格が安かったことから、大手電力に比べて電気料金を安く設定する会社が多く、「新電力に切り替えると料金が安くなる」というイメージで爆発的に契約を増やしていき、一時は、全販売電力量シェアの約21.7%を新電力が占めるまでに至りました(2021年12月)。ところが、その直後から新電力の倒産や事業撤退が目立つようになり、2022年に入ってこの動きは急加速しています。2022年の新電力の破綻・撤退は84社に上り、前年の15社を大きく上回っています(2022年6月13日現在)。

電力小売市場の混乱はなぜ起こったのか?

卸電力取引所で取り扱う電力は、大手電力の発電部門や発電専門会社から供給されるものがほとんどで、しかも一日前市場という翌日受渡しをするスポット取引が大半を占めています。

①燃料高騰による電力価格の上昇

今回の問題が起こった要因のひとつに燃料価格の高騰があります。コロナ禍からの経済回復に伴って世界的にエネルギー需要が伸び、火力発電の燃料となるLNG(液化天然ガス)の価格が上がり始め、2021年秋以降には大きく高騰しました。それに伴い、電力の卸価格も徐々に上昇し(図表2参照)、新電力の調達コストも上昇、売れば売るほど赤字になるという「逆ざや」状態に陥ります。その後のロシアによるウクライナ侵攻もあり、さらなる燃料価格の上昇が懸念される状況です。

画像:JEPXシステムプライス(24時間平均)(図表2)

②電力の供給力不足

電力の供給力不足という問題もあります。現在、火力発電が電力安定供給の中心的役割を担っていますが、再生可能エネルギー(以下再エネ)の普及拡大や、世界的な脱炭素化の流れの中で、火力発電の稼働率が大きく低下し、老朽火力を中心に休廃止が進んでいます(図表3参照)。一方、天候に左右される再エネでは安定供給が難しく、原子力発電の再稼働も進んでいません。このようなことを背景に、慢性的に電力が不足している状態が続き、特に夏・冬場に電力需給がひっ迫する状況が常態化しています。

画像:今後10年間の火力供給力の増減見通し(図表3)

③自由化市場におけるリスクヘッジの問題

一方で、新電力の側にも課題があったと思います。自由化市場では何が起こるか分からず、今回のような価格高騰が起こることもある程度予想し、必要な備えをしておくことも考えられました。例えば、卸電力市場からの調達だけではなく、自前の発電設備を持つ、あるいは大手電力の発電部門から直接電力調達をする等のリスクヘッジをあらかじめ講じていた会社も少なからずあるようです。

カーボンニュートラルに、コロナ禍からの経済回復による燃料高騰、ウクライナ問題等通常では考えられないような出来事が重なったかなり特殊な状況ではありますが、課題にどう対応していくかは企業としての経営判断であり、そのための適切なリスクヘッジは欠かせません。

小売電気事業者が今後取り組むべき課題

これまで述べてきたようなエネルギー情勢の変化は、当面収まる気配はなく、電力小売市場の混乱にさらに拍車がかかることがないとはいいきれません。新電力も淘汰が進み、最終的には現在の700社程度からかなり絞られていくのではないかと思われますが、その終わりがいつなのかは見えていません。

新電力がまず取り組む対策としては、先ほど述べたリスクヘッジなども含め、ひとつの電力調達手段だけに頼らないことが重要でしょう。

また、これまでは価格そのものが主な競争手段でしたが、燃料高騰などの諸要因もあり、今後は価格での差別化は難しくなると考えられます。経済競争には大きく価格とサービスの2種類がありますが、これからはサービスの競争になっていくでしょう。電力の有益な使い方を提案したり、セットで提供するサービスを充実させるなどで、他社との差別化を図っていくことが大切だと思われます。

事業者だけでは解決できない制度の問題

新電力自身の自助努力もさることながら、制度上の手当てが必要な部分も大きいと考えます。自前の発電所を持たない多くの新電力にとっては、電力先物・先渡しなどリスクヘッジのための市場の取引量が十分ではない中では、企業努力にもおのずと限界があるといえるでしょう。国もこうした事態に対処するため、様々な対策を講じてきました。2021年10月と2022年3月、新電力に対するインバランス(注1)負担の還元や資金繰り支援策などの救済措置を公表し、2021年11月には、市場リスクを適切に管理して経営安定化を促すためのリスクマネジメント指針を公表しています。

また、2020年に燃料高騰を経験したイギリスでは、電力事業者の新規参入に財務ストレステスト(注2)を導入し、基準を満たしていなければ参入を認めない方針をとっていて、日本での活用も議論されています。

さらに、電力供給の主な担い手である大手電力等は、先ほど述べたとおりその供給力が減少しており、今後の安定供給を支えていくには、現状は大手電力等が担っている燃料調達や発電設備維持増強に対する一定の負担を新電力にも求めるなどのルールづくりをしていくべきではないでしょうか。

重要な社会インフラである電力は、これまで公益事業として扱われ、人々の生活を守るためのさまざまな規制が設けられていました。現在は全面自由化の中で、事業者が自由に競争できるようになった反面、公共性の高い事業の性格は残っています。この両面性が市場に混乱を招く一因でもありますが、現在は過渡期でもあり、いずれ制度が整備されていくと思われます。自由競争を原則としつつ、必要な箇所は公的な関与も考えるなど、要所を押さえていくことが重要です。

その際、例えば、銀行を参考にするのもよいかもしれません。銀行は民間企業であり、利率やサービス内容で自由に競争していますが、万一のときにはペイオフなど預金を一定額まで保護されるセーフティネットが整備されています。

(注1)インバランス制度:電気は、その供給に支障を来たさないように、需要量と供給量を一致させる必要がある。そのため小売電気事業者は、予め需要量と調達量の計画値を一般送配電事業者へ提出する。計画値と実績値で差異が生じた場合には、一般送配電事業者による電力量の補填や余剰となった電力量の買取が発生するため、料金を後日精算する制度。

(注2)財務ストレステスト:企業経営に係る内的外的な負荷(ストレス)にどこまで耐えられるかを検証するのがストレステストで、それを財務面から検証するもの。

電力自由化のプラスとマイナスを認識する

電力自由化の功罪が見えてきた今、果たして電力自由化に意味はあったのかという声も上がっています。確かに現状は自由化がもたらすプラスとマイナスの落差が大きく、市場は混乱気味です。結論を出すには早いのかも知れませんが、それでも自由化自体を否定する必要はないと思っています。価格競争があったからこそ各事業者が創意工夫をして、デジタル化やさまざまなイノベーションが起こりました。また、私たち消費者にとっても選択肢が広がったことは良いことで、これまでにないサービスも享受できています。自由化のプロセスを経験することには大きな意味があり、今後も競争の中でイノベーションは進んでいくでしょう。

また、電力自由化のプラス、マイナス面の認識については、私たち自身の問題でもあると思います。日本では、自由化や新電力の誕生は電気料金が「下がる」と思っている人が大多数ですが、アメリカでアンケートをとると、電気料金が「上がる」と「下がる」がほぼ同数となります。つまり自由化すれば料金が上がることもあれば下がることもあるという認識が浸透していると言えるでしょう。自由化するとはどういうことなのか、それがどういうメリット、デメリットをもたらすのかを、人任せでなく自分なりに考えるべきではないでしょうか。

さらに言えば、電力の安定供給はタダではありません。これまで電気が安定的に届くことは当たり前で、コスト意識を持つ人は少なかったと思います。しかし、現在の日本は、エネルギー自給率が約11%(2020年度)と他のOECD諸国と比べて極めて低い水準であり、しかも島国のために他国と電力を融通することも現状では難しいため、電気料金は火力発電の燃料調達コストの影響を受けやすいという意識を持つべきです。今回の事態は、電力市場が自由化されている中で私たちがこうした事情に日ごろから関心を持ち、安定供給にはコストが生じているということに目を向けて考えるよいきっかけとなったと言えるかもしれません。

(取材日:2022年6月14日)

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