64号 福島第一原発における処理水の海洋放出について~処理水に含まれるトリチウムとは?~

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(2021年9月発行)
画像:TOMIC64号 2021年9月発行

九州大学大学院 工学研究院/エネルギー量子工学部門 教授
出光 一哉 (いでみつ かずや)

1980年、九州大学工学部応用原子核工学科卒業。1982年、同大学大学院工学研究科応用原子核工学専攻修了。同年、動力炉・核燃料開発事業団(現 日本原子力研究開発機構)入社。1989年より九州大学助手、1993年に同助教授、2002年より九州大学大学院工学研究院教授を務める。専門は放射性廃棄物処理、核燃料開発など。経済産業省の汚染水対策委員会委員を務める。

2011年に事故を起こした福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)では、放射性物質の「トリチウム」を含む「汚染水」が溜まり続けています。政府は2021年4月この「汚染水」を浄化した「処理水」を海洋へ放出する方針を決定しました。そもそも「汚染水」や「トリチウム」とはどのようなものか、海洋放出における人体、環境への影響はないのかなどについて、経済産業省の汚染水処理対策委員会委員である、九州大学大学院教授の出光一哉氏にお話をうかがいました。

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福島第一原発で発生する「汚染水」、「処理水」とその処分

2011年に発生した福島第一原発の事故では、原子炉にあった燃料が融け落ちました。原子炉の内部に残る、融けて固まった燃料(燃料デブリ)を冷やすための冷却水、敷地内に流れ込む地下水、建屋に降りこむ雨水などが燃料デブリに触れることで、高濃度のセシウムなどの放射性物質を含んだ大量の「汚染水」となり、溜まり続けています。

画像:「汚染水」の処理方法

「汚染水」は日々発生しており、事故後しばらくは毎日約800トンが発生していました。現在は、地下水の流入を抑制する凍土壁などの対策が行われたこと、炉心の発熱が少なくなって必要な冷却水が減ったことなどから、現時点では1日当たり140トン程度まで減少しています。

「汚染水」には多くの放射性物質(主に63種)が含まれていますが、この「汚染水」は、セシウム吸着塔や多核種除去設備(advanced liquid processing system:ALPS アルプス)と呼ばれる装置等で62種の放射性物質を取り除き、唯一除去できない「トリチウム」を除く放射性物質を規制基準以下にまで浄化処理します。これを「ALPS処理水」と呼んでいます。

現在、福島第一原発の敷地内には「処理水」(処理途上水含む)を保管するタンクが1000基以上ありますが、今後も「処理水」は増え続けるため、2023年初頭には新たにタンクを設置する空き地がなくなると考えられています。また、廃炉に向けての作業が続く福島第一原発では、今後の作業を円滑に進めるための場所を確保する必要があります。こうした事情から、保管している「処理水」を減らすために海洋放出することが決定されたのです。

画像:福島第一原発敷地の「処理水」保管タンク群

「トリチウム」とは? なぜ除去できない? 危険性は?

報道などではALPSで除去できない「トリチウム」という物質に注目が集まっています。「トリチウム」は「水素」の放射性同位体で、「水素」 の原子核には陽子が1個、「トリチウム」には陽子1個と中性子が2個あり、化学的性質は普通の「水素」とほとんど同じです。通常は水の状態で存在していて、水に溶けているといった状態ではなく、水そのものとして存在しています(図1参照)。そのため、「汚染水」の中から「トリチウム」だけを取り出すことは非常に難しく、現状ではその技術が確立されていません。

画像:「トリチウム」は「三重水素」と呼ばれる水素の放射性同位体(図1)

「トリチウム」は、原子核を構成する中性子の数が多いため不安定な状態となっており、ベータ線(β線)という放射線を放出し、最後には放射線を出さない安定なヘリウム3(3He)というガスに変わります。(注1)

「トリチウム」はもともと自然界に存在している物質です。宇宙から降り注ぐ宇宙線(放射線)が大気に衝突し、上層部で毎年100g単位の「トリチウム」が生成されています。

しかし、水の状態で存在する「トリチウム」は、飲料水、食物として体に取り込まれて内部被ばくの可能性がないわけではありません。けれども人体への影響は非常に低く、私たちが食べているホウレンソウや海藻に含まれているカリウム40(40k)の600分の1以下とされています。また、体内に入った「トリチウム」は、大部分が水の状態で存在し、水と同じように排出され、体内で蓄積・濃縮されないことが確認されています。

(注1)放射性物質が放射線を出す能力はだんだん減ってきます。半分になるまでにかかる時間を「半減期」といいます。半減期は放射性物質の種類によって異なり、トリチウムの場合は12.3年です。

「トリチウム」の放出状況と放出基準

国内外の原子力施設でも「トリチウム」が発生していますが、これらは天然の「トリチウム」と全く同じもので、各国の規制基準を満足した上で、海や大気などに放出されています。

現在、福島第一原発で保管されている「処理水」の量は約125万トンで、東京ドーム1杯分ですが、その中に含まれる「トリチウム」の量は、総量約860兆ベクレル(注2)、重さでは約15gで「大さじ1杯分」です。

画像:国内外の原子力施設から放出されている「トリチウム」量

「トリチウム」の水中での濃度基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)が60,000ベクレル/ℓ以下と定めています(国内基準も同様)。これは、その濃度の水を1年間飲み続けたとき(年間1トン)に、被ばく量が1ミリシーベルト(注3)以下になるという基準です。

今回の海洋放出の際には、「処理水」を大量の海水で希釈して、「トリチウム」の濃度を1,500ベクレル/ℓ未満にして放出します。これは世界保健機関(WHO)が飲料水の基準として設けている「トリチウム」濃度10,000ベクレル/ℓ以下よりもはるかに少ない数字です。

画像:放出されている「トリチウム」量と放出濃度基準の比較

[注2.3 ベクレル(Bq)とシーベルト(Sv)]

ベクレルとは、放射性物質が放射線を出す"能力"を表す単位のことで、数値が大きいほどたくさんの放射線が出ていることになります。

シーベルトとは、放射性物質が出す放射線によって、人体がどのような影響を受けるかという点に注目して考え出された単位で、数値が大きいほど人体が影響を受けやすいことになります。

1シーベルト=1,000ミリシーベルト=1,000,000マイクロシーベルト。

検討されたさまざまな処分方法

「トリチウム」水の処分方法については、国の汚染水処理対策委員会等で5つの処分方法が検討されました。

画像:検討された「処理水」の処分案
画像:5つの処分方法に対する技術評価

結論として、現在の技術では「トリチウム」だけを取り除くことができないことから、世界中で安全性が確立された現実的な方法である、希釈して海洋へ放出する「海洋放出」が採用されました。

今後のスケジュールと正しい理解のために

写真:出光 一哉 (いでみつ かずや)

今回は「処理水」を海洋放出する方針が決まりましたが、実際の海洋放出は2年後に開始される予定です。今後の2年間で大量の「処理水」を希釈するためのタンク、配管、ポンプなどの必要な設備を設置していくことになります。その後、10年以上をかけて保管している「処理水」を放出していく予定となっています。

海洋放出はすでに確立された方法で技術的な課題はありませんが、国内外のみなさんに安心していただき風評被害を起こさないためには、放出による環境への影響を確認するモニタリングや情報公開が適切に行われなければなりません。その際には、モニタリングの手法やデータ公表の公正性、透明性を担保する仕組みが重要です。例えば、複数の独立した機関によって測定を行い、結果を公表し、放出の影響を検証するなどの方法が有効だと考えられます。

海洋放出や「トリチウム」に関することは一般にあまり知られていません。したがって、この2年間は、政府等の関係機関が正しい情報を公表するとともに、丁寧に説明することで、みなさんに少しでも関心を寄せていただく大切な準備期間だともといえるのではないでしょうか。

画像:風評影響への対応鬼向けた今後の取組
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