63号 新型コロナの影響とエネルギー・環境問題~ポストコロナ時代に向けて加速する「3つのD」とは~

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(2021年1月発行)
画像:TOMIC63号 2021年1月発行

株式会社三菱総合研究所/サステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループリーダー 主席研究員
井上 裕史 (いのうえ ゆうし)

1999年、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。
主に再生可能エネルギー政策立案・実行支援、エネルギーモデル・電力需給シミュレーションを用いた定量分析業務に従事。

株式会社三菱総合研究所/サステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループ 兼 政策・経済センター シニアコンサルタント
小川 崇臣 (おがわ たかおみ)

2009年、早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。
主に民生部門のエネルギー政策立案・実行支援、民間企業における環境・エネルギー分野に関するコンサルティングに従事。

新型コロナの世界的大流行によって、世界中の国々が大きな影響を受けています。エネルギー・環境の分野にもその影響は及んでいますが、具体的にはどのような影響があるのでしょうか。またポストコロナの時代に向けて、今後の社会はどのように進んでいくのでしょうか。今回は三菱総合研究所でエネルギー・環境分野の問題を研究する井上裕史氏、小川崇臣氏のお2人に、新型コロナの影響と今後の社会についてお聞きしました。

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新型コロナによる各方面のエネルギーへの影響

新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)がパンデミック(世界的大流行)に発展した2020年2月中旬以降、各国の平日の電力需要を比較したデータでは、その都市の対応によって大きな差が出ています。早期から爆発的な感染が生じ、3月9日に大規模なロックダウン(都市封鎖)が行われたイタリア北部では、急激な落ち込みを見せ、一時40%減まで落ち込んでいます。また、同じくロックダウンを行った米国ニューヨーク州でも、3月22日以降、10%前後の需要減が確認できます。これに対して、緊急事態宣言(2020.4.7~5.25)はしたものの、あくまで自粛という形をとった日本では、落ち込みは他国に比べて比較的緩やかでした(ただし、東京電力パワーグリッド管内。以下、東京電力PG)(図1参照)。

画像:新型コロナウイルス感染症による平日の電力需給への影響

なお、電力需要には、工場などの産業部門、オフィスや商業施設などの業務部門、家庭部門の区別がありますが、東京電力PGが公表しているデータは需要総計であるためにどの部門がどれだけ減ったかという詳細については読み取れません。

ただし、時間帯別にみると、新型コロナ以前は、夕方に電力需要のピークがあったものが、緊急事態宣言以降、午前中にシフトしており、在宅勤務が増えたことによる暖房・照明需要の増、夕方から夜にかけて稼働する飲食店の休業が相次いだことによる需要減など、働き方の変化や外出自粛の影響が出ていることが窺えます(図2参照)。

画像:電力需要ピークが発生した時刻別日数の割合

さらに、8月までの日本の電力需要を見ていくと、5月は例年より落ち込んでいますが、8月になると電力需要が増えています。これは8月の気温が高く、エアコンなどの電力需要が増加したためと考えられます。電力需要においては一時的に新型コロナの影響が見られましたが、徐々に通常の状態に戻りつつあると考えられます。

電力以外のエネルギーへの影響は鋭意分析中ですが、ガソリンの需要が減ったことは特筆すべき動きといえます。在宅勤務の導入が進んで通勤が減ったこと、またレジャーに出かける機会も減って、必然的に車の利用が減った結果です。昨年と今年の8月を比較すると、家庭でのガソリン消費は15%減少しています。ガソリン価格も下落していますが、これは新型コロナの影響というより、産油国の減産協調失敗が直接の要因と考えられます。

一方で、バス、鉄道などの公共交通機関での感染を心配し、人と接触しない自家用車などの個別移動の需要が増えているとみることもできます。ただし、その増加量はそもそもの移動需要の減少による影響と比較すると軽微なものであると考えられます。

そのほか、LNGは、長期需給契約という性質上、供給量・価格とも新型コロナの影響は直接は受けにくいでしょうが、エネルギー需要の戻りが鈍いなか、ダブつき気味のLNGをいかに消化するかが課題でしょう。

今後のエネルギーの動向は、まだまだ不透明な部分があるといえます。

地球温暖化の緩和は限定的、むしろ経済に打撃が

パンデミックによる世界経済の停滞により、産業全般、特に輸送部門のエネルギー需要が激減したため、地球温暖化の原因とされるCO2の排出量が減少したことが報告されました(図3参照)。しかし、社会・経済にこれだけの大打撃を与えても、CO2の排出量は思ったほど減らすことはできず、むしろ、パリ協定の2℃目標の達成がいかに高いハードルかという現実を改めて突き付けられた格好です。

リーマンショックの時も、CO2排出量は前年より減少しましたが、翌年から増加に転じ、その後も増加基調です。今回も先行きは不透明ですが、経済回復に伴い、CO2排出量は増加に転じていくことが予想されます。

ポストコロナにおいて大切なことは、単純に元の社会に戻るのではなく、「新しい暮らし方・働き方」に対応し、より良い社会を実現する方向に向かうことです。

画像:1900~2020年(予測)の世界エネルギー期限CO2排出量(上図)と年間変化量(下図)

エネルギー・環境分野で進む「3D」の動き

現在のエネルギー政策は、「安定供給(Energy Security)」「経済効率性(Economic Efficiency)」「環境適合性(Environment)」の3つのEに、「安全性(Safety)」のSを加えた「S+3E」を基本方針としています。

今後もこの基本方針に変更はありませんが、ポストコロナの時代には、新たに「脱炭素化(Decarbonization)」「分散化(Decentralization)」「デジタル化(Digitalization)」の頭文字をとった「3D」が進展していくと考えられています。(図4参照)

画像:電力システムが目指す方向性

もともと「3D」の考え方は、新型コロナ以前からあるものでしたが、どちらかといえば再生可能エネルギー(以下、再エネ)の分野に限られていました。地球温暖化問題解決の主役と期待されている太陽光や風力などの再エネは、エネルギー密度が低く、各地に分散し、天候などの自然条件に左右されやすいため、効率良くマネジメントするには、デジタル技術が不可欠というわけです。

こうしたなか「3D」は、新型コロナによって、エネルギー・環境のみならず社会全体に及ぶ動きになろうとしています。リモートワークの進展や、3密を避ける生活スタイルの定着などで、これまでのように通勤する必要がなくなり、住まいを地方に移して2拠点生活を送るような人が増えれば、ライフスタイルそのものが、密集から分散を前提としたものに変化し、デジタル技術の活用がますます重要になります。

こうした「新しい暮らし方・働き方」が広がっていけば、当然ながらエネルギー需給構造もその影響を受けることになります。例えば、どちらかいえば災害対応等が主眼だった自立分散型のエネルギー需給システムは、新たなライフスタイルにも適応したシステムに変容していくのではないでしょうか。

ポストコロナの時代へ向けて、今後も「3D」の流れは加速していくと思われます。

ポストコロナの時代にエネルギー分野で起こりうること

画像:井上 裕史氏

そのほかに、例えば「卒FIT」と呼ばれる問題が存在します。FIT(固定価格買取制度)によって太陽光発電が爆発的に普及しましたが、政府が決めた固定価格での電力買取義務は、10~20年間で期間が満了します。「卒FIT」は、その後の太陽光発電をどう活用していくかという問題で、発電を続けていくとしたら、電力会社とより安い売電価格で個別再契約するか、蓄電池の設置等により自家消費の量を増やすことが考えられます。今後、昼間の在宅率が上がるなか、自家消費の量を増やして「卒FIT」にうまく対応できれば、エネルギー利用の効率化にも貢献できます。さらに、こうした太陽光発電を地域電源として活用し、コミュニティ内での効率的なエネルギーの利用をマネジメントできれば、地域コミュニティのレジリエンスを高めることにもつながります。

オフィス街などのビルの利用にも変化が見られます。都心部でのビルの空室率が、リーマンショック以降では初めて上がる傾向にあり、賃料も少しずつ下がり始めているのです。リモートワークなどの推進でオフィス需要が減少すれば、必然的な流れだといえるでしょう。建物の稼働率が下がれば、エネルギー消費量の総量は減少します。一方で、在社人数の減少や密を避ける目的のために、1人当たりの床面積が広がっていけば、建物のエネルギー効率は悪化するものと考えられます。

反対に、家庭では在宅率が上がり、エネルギーの消費量は増えていますが、より快適な自宅での生活を求めて最新型の省エネ家電への買替えが進み、エネルギー効率はアップしていると考えられます。

このように「新しい暮らし方・働き方」が定着するにつれて、エネルギー需給に大きな変化が起こると考えられます。

新型コロナは壮大な社会実験、課題解決には長期の取組みを

画像:小川 崇臣氏

新型コロナの影響は、電力需要の減少や質的変化、原油需要の減少に加えて、エネルギーセクターへの投資減少に表れていることもあげられます。2020年のエネルギー部門への投資は、世界規模でみると前年比大幅減と予測されています(図5参照)。ただし、脱炭素関連技術への投資は、日本でも洋上風力を中心に再エネ事業に対する関心は継続しており、明確な投資意欲の減退は確認されていません。

画像:エネルギーセクターへの投資額の推移

新型コロナの感染拡大で傷ついた社会・経済を立て直す上で、今世界では「グリーン・リカバリー」という動きが関心を集めています。経済の再興を目指す過程で、脱炭素社会などの環境問題への対応も同時に行おうとする考え方です。欧州ではすでに政策として「グリーン・リカバリー」を進める方針を打ち出しており、さまざまな取組みも始まっています。日本ではまだ具体的な動きはありませんが、今後は各方面に広がっていく可能性があります。これまで述べてきたような変化や兆しは、コロナ禍で新たに発生した事象というよりも、以前から課題として認識されてきたものです。エネルギーの電化は進展し、分散型エネルギーシステムは普及拡大していくでしょうし、効率的なエネルギーマネジメントや、それを支えるデジタル技術の開発、スマートシティの実現なども進んでいくでしょう。新型コロナは、そうした以前からの取組みを加速するためのきっかけになったのだと思います。

エネルギーの課題解決には10年、20年と長いスパンが必要です。今回の新型コロナの感染拡大によるライフスタイル等の変化は、いわば壮大な社会実験ともいえます。これを社会がより良い方向へ向かうための変化にすることが重要だと考えます。 (取材日時:2020年10月19日)

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