62号 ゼロエミッションを先導する九州の可能性を考える~九州からの未来提言と5つの戦略~

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(2020年8月発行)
画像:TOMIC62号 2020年8月発行

九州大学 副学長/主幹教授・センター長(工学研究院、水素エネルギー国際研究センター、次世代燃料電池産学連携研究センター、I2CNER)
佐々木一成 (ささき かずなり)

1989年、東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学専攻修士課程修了。
1993年、スイス連邦工科大学チューリッヒ校工学博士号取得。現在に至る。
一貫して新エネルギーに関する研究・開発に従事。

2020年3月に一般社団法人九州経済連合会より公表された提言「ゼロエミッションを先導する九州のエネルギー環境・産業の再構築~九州からの未来提言と5つの戦略~」では、脱炭素社会の進展に向けて、九州の特性をふまえた具体的な戦略の提示や提言がなされています。この提言書をまとめるにあたり、九州エネルギー関連ビジョン策定ワーキンググループで座長を務められた九州大学副学長の佐々木一成氏に、提言の目的やその要旨についてお話をうかがいました。

印刷用ファイル(23,993KB)

エネルギー・環境分野における「九州の強み・機会」とは?

今や地球環境問題は世界全体の課題となっています。日本の産業界にとっても脱炭素化・低炭素化の動きは無縁ではなく、温室効果ガス削減は社会に対する責任です。一方で、日本はエネルギー自給率が低く、環境とエネルギーを両立させるにはさまざまな課題を解決しつつ、中長期的な産業育成や投資活動に取り組まなければなりません。

そのような取り組みに最も適しているのが、実は九州ではないかと思っています。もともと九州は、地熱エネルギーの開発を積極的に行ってきた実績もあり、再生可能エネルギー(以下「再エネ」という。)の比率が高い地域でした。また、FIT制度導入以降、太陽光発電が急速に普及し、バイオマス発電も含め、九州は再エネの活用について他の地域を一歩リードしています。さらに原子力発電の再稼働も先行しています。再エネや原子力は、CO2フリーの国産エネルギーである電源で、こうした電源が多い九州では、全国比でエネルギー自給率が27%高く、CO2排出量は11%低く、電気料金は8%安くなっているのです。

CO2排出量やエネルギーコストの削減が可能なことは、企業にとって、九州に事業所や工場を立地する大きな動機付けとなります。これは九州にとっての大きなチャンスです。

加えて、ESG投資(注)という世界的潮流を呼び込むことに成功すれば、このチャンスをより確実なものにすることができるでしょう。

「九州の強み・機会」を明確にして、ゼロエミッション社会と地域経済の活性化の実現を九州から先導する、それが今回の提言の目的です。

(注)(Environment=環境、Social=社会、Governance=企業統治)に配慮している企業を重視・選別して行なう投資のこと。ESG評価の高い企業は事業の社会的意義、成長の持続性など優れた企業特性を持つ。

画像:再エネにおける九州のポジション(2018年度再エネ発電実績)

「九州の強み・機会」をふまえた5つの戦略

本提言では、こうした「九州の強み・機会」をふまえた上で次のような5つの戦略を提言しています。

@再エネの主力電源化
A蓄エネの社会実装
B脱炭素化の面的展開
C原子力の着実な運用
D環境金融の啓発

@「再エネの主力電源化」では、九州では、先ほどの地熱・太陽光に加え、今後は洋上風力やバイオマスなどが普及していくことも考えられ、再エネにも多様性が生まれます。一方で、太陽光や風力の大量導入に伴う出力制御問題などの課題先進地域でもあり、A「蓄エネの社会実装」にも関係してきますが、今後の再エネの効率的運用をいかに進めていくかに期待が寄せられています。

A「蓄エネの社会実装」では、蓄電池や水素等を活用したエネルギー・マネジメントを目指します。出力変動が激しい再エネを本格的に導入するためには、これらエネルギー・マネジメント技術の社会実装が不可欠です。今後普及が期待される電気自動車や、再エネ由来の水素エネルギーを補完的に使いながら蓄エネを定着させることで、ゼロエミッションに近づきます。

B「脱炭素化の面的展開」では、単体の取り組みでは限界を迎えつつある現在、業種やエリアを超えた一体化や連携による脱炭素化を目指します。また、エネルギーの供給側にとどまらず、需要側においても低炭素化電源とのセットによる電化やメタネーションなど、より一層の脱炭素化を進めることが大切です。これにより、ゼロエミッションが面的に広がります。

C「原子力の着実な運用」では、原子力発電所の安定運転や人材確保を通じて、3E+Sの着実な達成を目指します。原子力が今後どういう方向に進むとしても、既存設備の廃炉等を含めると少なくとも今後数十年単位で向き合わなければいけない問題で、設備の安定運用や人材確保、技術の継承は避けては通れません。いち早く再稼働を果たした九州にこそ、率先した取り組みが求められています。

D「環境金融の啓発」では、グローバルな金融市場のESG資金を取り込むことを目指していきます。従来の技術開発は国が補助金などを出して支援する形が多かったように思います。ただ、国の資金頼みの技術開発は長続きしません。その一方で、世界の金融投資は相当な額に上っています。しかも、欧米ではすでにESG投資が先行しており、中長期的に有望な投資先を常に探しているのです。この投資を呼び込むことができれば、国の補助金のみに頼ることなく、技術開発や再エネの普及を進めていくことができますし、地域経済の活性化にも大いに貢献することになるでしょう。九州が結束していかにこの投資を呼び込むかに本提言の成否がかかっているといっても過言ではありません。

これら5つの戦略は、個別に推進することも重要ですが、それぞれが連続的につながっていることが大切だと考えます。加えてこうした九州の先進的な取り組みを、国内はもちろん海外にも積極的に発信することで、九州がアジアの中の成長センターになることを目指しています。

画像:九州の強み・機会

九州のDNA

写真:佐々木一成

私は、九州の出身ではありませんが、九州独特の地域特性・気質の素晴らしさをこの20年、日々感じてきました。それは、一言でいえば、まとまりのよさ、結束力そして多様性で、いわば九州のDNAと呼べるものです。

九州は日本の一地域にすぎませんが、もともとまとまりが良く、これまでも一丸となって物事に取り組んできました。 また地政学的にも歴史的にも、海外との縁が深い地域です。島国である日本が閉塞した状況になると、九州はいち早く日本の外へ目を向けて、その状況を打破してきました。その一方で多様性も存在しています。九州は「自然エネルギーの百貨店」とも言え、再エネのバリエーションが豊富なことはもちろん、自然豊かな地域から福岡のような国際都市まで様々な地域社会、そして多様な産業構造、多様な交通網などのインフラなどがあいまって、国内はもちろん他国の参考になるような事例があるのです。

かつて、片田舎に過ぎなかったアメリカ西海岸のスタンフォード大学からヒューレット・パッカードなどのベンチャーが生まれ、今では、その周辺のシリコンバレーが世界の産業をリードしています。日本でも、明治維新後、九州の石炭産業や官営八幡製鉄所が当時の日本の産業全体をけん引し、我が国全体を変えていきました。九州大学の前身の九州帝国大学は、そのような活気あふれるこの地の皆様方のご支援を得て、1911年に創立されました。

九経連のスローガンに、「Move JAPAN forward from 九州!(九州から日本を動かす)」とあり、まさにこの事実を体現したものです。九州のDNAが、本提言を強力にバックアップする力となってくれるのは間違いないと思います。

With/Afterコロナ時代の本提言の位置づけ

①With/Afterコロナはチャンス

今年は新型コロナ問題が発生し、世界中が深刻な影響を受けています。よくリーマンショックと比較されますが、リーマンショックでは世の中の資金が蒸発しても、日々の生活そのものが変わってしまうことはありませんでした。消えてしまったお金をもう一度世の中に循環させれば、生活は元に戻ったのです。

けれども今回は、これまで当たり前に送っていた毎日が当たり前ではなくなりました。人の移動・接触が制限されることによるテレワークやWeb会議など業務のデジタル化の進展、観光業や飲食業などのサービスのあり方の変容など社会やシステムが大きく変わっています。また、世界中に広がったサプライチェーンが機能せず、生産拠点の国内回帰も叫ばれるようになっています。このように、新型コロナ問題は、世界中が変革を強く求められるきっかけになりました。

このような厳しい経済状況の下でも、主要企業の多くは中長期の投資や研究開発費をむしろ増やしています。新しい社会への変革要請にビジネスチャンスを見出しているのです。

今回の新型コロナ問題は、ピンチではありますが、新しいイノベーションを起こし、これまでにないビジネスチャンスをつかむきっかけでもあるのです。今後はさまざまな分野でイノベーションが進んでいくことでしょう。遠隔対応に慣れると、東京などの3大都市圏でなくても、生活環境に恵まれた九州で同じように仕事ができます。

一方で、新型コロナ問題が発生した後も、地球環境問題は本質的に変わっていません。世界中で移動が減ったためにCO2排出量が少し減っていますが、根本的な問題解決にはなっていません。地球温暖化は新型コロナの時代であっても未解決のままで、2030年、2050年へ向けて地球規模で課題に立ち向かっていく必要があります。

こう考えると、With/Afterコロナは、ある意味九州にとって絶好のチャンスともいえるのではないでしょうか。今まで述べてきたように、社会変革が強く求められる一方で地球環境問題の本質は何ら変わっていないなか、九州は、エネルギー・環境面では他地域にくらべ優位にあり、しかも九州のDNAが脈々と息づいているとすれば、本提言を推進・実現していくうえでむしろよい条件が揃ったともいえます。

画像:「Witd/Afterコロナ時代」のエネルギーは?

②さらなる提言の充実に向けて

提言が公表された今年3月は、ちょうど新型コロナ問題と重なり、十分な情報発信ができませんでした。けれども本提言はWith/Afterコロナの時代でも価値が変わらないものと考えます。今後は本提言の内容を国内外へ向けて発信し、九州における継続的な取り組みとして課題解決のPDCAを回し、具体的な施策・方策につなげていく必要があります。

さらに、新型コロナは期せずしてさまざまな課題もあぶり出すことになりました。新型コロナ問題の中で各企業が直面した課題を抽出し、議論を重ねながら、今後の国内・国際情勢に即した提言にアップデートしていく必要もあるでしょう。

本提言の推進・実現に、ぜひ、みなさんのご協力・ご支援をお願いいたします。

画像:エネルギーに関する課題解決のPDCAが回る仕組みづくり
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