Vol.21 GXの実現は一人ひとりの消費行動から
消費生活アドバイザー
石窪 奈穂美 氏
近年、GX(グリーントランスフォーメーション)という言葉を聞くようになってきました。難しい言葉のようですが私たちのくらしと無関係ではなく、GX実現のためには私たち一人ひとりの行動が大切です。GX実現のためにどのように行動すればいいのか、鹿児島大学特命担当理事でもある消費生活アドバイザーの石窪奈穂美氏に伺いました。
GX(グリーントランスフォーメーション)とは?
政府は2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定しました。GXとは「グリーントランスフォーメーション」のことで、これまでの化石燃料(石炭・石油など)を中心とした産業・社会構造から、CO2を排出しないクリーンエネルギーを中心とした産業・社会構造に転換することを意味します。脱炭素社会の実現は世界共通の重要な課題で、「2050年カーボンニュートラル」の実現を宣言する日本にとってもクリーンエネルギーへの転換は避けては通れません。
さらに、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によって、世界のエネルギー事情は大きく変化しました。エネルギー需給がひっ迫し、エネルギー価格が高騰しています。そもそも日本はエネルギー資源に乏しく、その多くを海外に依存しています。そのため、今回のウクライナ侵攻のように、海外の資源保有国の動向に大きく影響を受けます。日本でもガソリン代や電気代などが上昇し、危機感を持っている人も多いのではないでしょうか。こうした状況の中、政府は脱炭素社会の実現とエネルギーの安定供給を両立させるためにこの基本方針を定めました。GX実現を通して、2030年の温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル達成、産業・社会構造変革を目指すということです。
エネルギー消費が増える私たちのライフスタイル
最終エネルギー消費状況については、業務部門、産業部門、運輸部門、家庭部門と分けられますが、その中で、家庭部門(家庭生活)が占めるエネルギー消費の割合は決して小さくありません。私たち一人ひとりがエネルギー消費について、そして私たちのライフスタイルについて考えてみることが重要です。省エネ機器導入に対する補助金など政府の後押しがある今が好機です。
日本のエネルギー消費は産業部門で減少していますが、業務部門、運輸部門、家庭部門は増えています。家庭部門は一般家庭で消費されるエネルギー、業務部門はコンビニをはじめとした店舗や学校などを含み、運輸部門は通信販売などの物流が含まれています。つまり、いずれも私たちの日常生活に関わりが多い部門が増えているということです。
今の家庭ではテレビや冷蔵庫、エアコンなど、昔とは比べ物にならないくらいたくさんの家電製品があり、スマホやパソコン、衣類乾燥機などの新しくて便利な家電が次々と登場しています。核家族化で世帯数が増えた現代では、増えた世帯数分だけ家庭でのエネルギー消費が増えていきます。また、コロナ禍でネット通販の利用が急拡大し、物流に関わるエネルギー消費が増えています。
日本は世界でも多くの電力を消費している国のひとつです。一人当たりの電力消費量、国別電力消費量がともに世界4位です。一方で、人口が世界11位であることを考えると、日本人がいかに多くの電力を消費しているかが分かるでしょう。無駄なエネルギー消費を極力省いて一般家庭のエネルギー消費を抑えることは、脱炭素社会の実現に欠かせないことなのです。
責任がある消費者としての選択をするために
GX実現のための行動には、責任ある消費活動を心がけること、つまり「自分ごと」として考える視点が大切です。SDGsの17の目標のひとつに「つくる責任 つかう責任」がありますが、消費には責任がともないます。今だけ、ここだけ、自分だけが良いのではなく、環境や社会にどう影響するかを考えて消費の選択をしていくべきです。消費には個人的な私益、お互いを思いやる共益、国や社会のことを考える公益、さらに地球規模で考える地球益の4つの基準があります。4つの利益をバランスよく考えることが重要で、昔の言葉では「三方良し」とも言いました。現代で言うなら「Think globally, Act locally」の精神です。こうした消費行動は、環境や社会に良いことをしている企業や店舗を応援することにもつながります。
加えて、一歩踏み込んだ視点を持つことも重要です。「この商品はCO2を多く含む化石燃料由来の製品ではないか?」、「この商品は製造プロセスにおいて大量のCO2排出を行っていないか?」、そして「その商品に関する情報は正しいのか?」等、ネットなどで見た情報を単純に鵜呑みにするのではなく、世界の情勢を視野に入れ、対象製品の材料のことや製造プロセスなどについて、普段から自分で調べたり、考えたりすることが大切です。
最近は合理的で賢い選択をする若い人が増えてきていると感じます。考え方が多様になり、自分にとって重要なことを合理的に考え、賢い選択する人が増えているのだと思います。その「重要なこと、合理的思考」のひとつに「GX実現のために自分ができる行動」という基準を入れていただきたいと思います。そうした若い人々が担う未来には大きな期待ができると思います。
脱炭素社会実現のために私たちができること
脱炭素社会実現のために、私たちが一般家庭で取り組めることは「電化」と「省エネ」です。ご存じのとおり、電気は使う時にCO2を排出しません。ですので、厨房や給湯などを電気に切り替える「電化」を進めることで、エネルギー使用時のCO2排出を抑制することができます。加えて、発電時にCO2を排出しない原子力や再エネ由来の電力の割合が増加すれば、「電化」を進めることで、私たちは意識せずに、CO2排出量を更に削減することができます。
また「省エネ」に取り組むことも重要です。具体策のひとつに家庭にある家電製品を省エネ家電へ買い替えることが考えられます。今の家電は省エネ性能が大きく向上しているので、買い替えるだけでエネルギー消費を減らすことができます。しかも、省エネ家電への買い換えには自治体によって補助金やポイントなどの支援制度がありますので、今がチャンスです。省エネ家電に買い替えれば、家電製品が自動的に省エネに取り組んでくれるので、とても助かります。買い替えるのであれば、コスト面だけではなく、環境への影響や省エネ性能などを含め、長い目で検討することをお薦めします。
家電の買い替えの他に、住宅の新築・増改築の時も省エネに取り組むチャンスです。政府はZEH(注)等、省エネ性能の高い住宅・建築物の新築や省エネ改修に対する支援等を強化することを「GX実現に向けた基本方針」の中で明記しています。加えて、断熱性能が高い住宅は、年間を通じて室温が安定しているため、ヒートショックや熱中症になるリスクの軽減も期待できます。つまり、ZEHは省エネ性能が高いだけではなく、健康的に生活する上でのメリットもあるということです。とは言うものの、住宅新築・増改築には大きな費用がかかるので支援制度をうまく活用しましょう。
(注)net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略語。太陽光発電などでエネルギーを作り、省エネルギー設備や高断熱素材を使用して、生活で消費するエネルギーよりも生み出すエネルギーが多くなる住宅のこと。
私たちが生活していく上で、もはや、電気をはじめとしたエネルギーの消費とそれに伴うCO2排出について無関係でいることはできません。今後は従来以上に、省エネ家電の活用、省エネルギー設備や高断熱素材を活用した新築、省エネ機能を高めるための必要なリフォームなどを通じて、自分のライフステージに応じた生活環境を構築し、その中で、低コストで環境にやさしいエネルギー消費活動を行えるよう個々で工夫をすることが大切になります。
ご存じの通りエネルギーは有限です。でも、その有限なエネルギーを脱炭素社会実現に向けて効率的に使うための工夫は無限にできます。快適な生活を未来に繋げていくために、みなさんとともに取り組んでいきたいと思います。