Vol.20 医療分野における放射線利用
熊本大学大学院医学教育部教授/アイソトープ総合施設長
岡田 誠治 氏
「放射線」に対して、多くの方は「得体のしれないもの」「何か怖いもの」「危険なもの」というイメージをお持ちではないでしょうか。しかし、実情は、その特性に応じて私たちの生活のさまざまな分野で利用されています。今回は医療分野における放射線利用について、熊本大学教授の岡田誠治氏にお話を伺いました。
自然界に存在するさまざまな放射線
放射線は、実は、私たちの生活環境も含め、もともと自然界に存在するものです。宇宙から降り注ぐ宇宙線と呼ばれるものや、干しシイタケ、わかめなどの食べ物も含め、地上にある物質から出ているもの、大地から放射されているものなどあります。つまり、私たちは、日々、放射線に触れて生活しているのです。放射線に触れることを「被ばく」と言いますが、私たちは日常生活の中で気づかないうちに自然放射線に被ばくしています。その被ばく量は日本人で年間2.1ミリシーベルト程度です。ただ、これは人体に影響を与えるレベルではありません。参考ですが、国際放射線防護委員会では健康に影響を与える放射線の量は年間100ミリシーベルトが目安とされています。
このように私たちの身近にある放射線ですが、単一のものではなく、いろいろな種類があります。
原子核から放出される粒子で、透過性が弱く紙1枚でも遮ることができるアルファ線。原子核から放出される電子で、アルファ線より透過性が強いものの、アルミニウムなどの薄い金属板で遮ることができるベータ線。電磁波の一種で、透過性が強く、鉛や鉄の厚い板で遮ることができるガンマ線やX線。透過性がとても強く、厚いコンクリートや水で遮へいする必要がある中性子線。この中性子線は少し厄介で、他の物質とぶつかるとその物質を放射化する性質もあります。
これらの放射線は、その特性を活かして医療で活用しており、しかも、その重要性は年々増しています。
放射線による人体への影響
放射線に被ばくすることによって健康面にプラスとマイナスの影響が生じます。
被ばく量が微量であれば、健康づくりに有益であることが知られています。これは「放射線ホルミシス効果」と呼ばれ、例えば、ラジウム温泉などに入浴し微量の放射線を浴びることで、細胞や抗酸化酵素を作る遺伝子が活性化します。その結果、免疫力が向上したり、病気の治癒能力が高まったりといったプラスの効果が見られます。
一方、前述した国際放射線防護委員会勧告にあるように、年間被ばく量が100ミリシーベルトを超えるあたりから、被ばく量の増加に伴い、がんの発生率の増加が確認されています。被ばくにより細胞のDNAが損傷しますが、修復できない損傷が生じたり、不完全な修復をしたりということで、DNAの突然変異がおこり、がん化することもあるということが知られています。
放射線の被ばくによって誘発されやすいがんとして白血病と甲状腺がんが知られています。白血病は細胞分裂が盛んな造血幹細胞ががん化することで生じる血液のがんです。また甲状腺がんは、甲状腺ホルモンの生成に必要なヨウ素を摂取する過程において、何らかの理由で放射性ヨウ素を体内に取り込み発生するケースが考えられます。
これら以外にも、一般に分裂の盛んな細胞、または未分化な細胞ほど放射線感受性が強いとされ、特に胎児や乳幼児、妊娠中の女性などは注意が必要です。また、体の組織としては、造血組織であるリンパ組織や骨髄、生殖器の精巣・卵巣、消化器の腸などが放射線の影響を受けやすいとされます。
医療分野での放射線利用
医療分野においては、この「分裂の盛んなものほど放射線の影響を受けやすい」ことを逆手にとって、放射線によるがん治療(放射線治療)を行います。前述した臓器等と同様に、体内で増殖するがん細胞は分裂が盛んで、放射線感受性の高いものが多いとされます。それに対して人工的に放射線を照射することでがん細胞を死滅させようとするものです。
アルファ線は近年がんの免疫放射線療法などに用いられています。これはアルファ線を放出する核種を抗体(がん細胞表面にある目印[抗原]を探し出し、結合することで、そのがん細胞を体内から排除する機能がある分子のこと)に結合させ、患者に投与することで、がん細胞に直接放射線を照射する方法です。アルファ線は放射線の飛程が短く、しかもがん細胞へ与えるエネルギーが比較的に大きいため、より良い治療効果が期待できます。遮へいが簡単で半減期も短いため、他の組織に影響が広がりにくく、また、患者の体から出る放射線はほとんどなく、周囲への被ばくも小さいため、有効で安全性が高い治療法です。
ベータ線も同じような治療法に利用されますが、加えて、医療器具などの滅菌にも活用されています。複雑な形状をしたものや、洗浄に水を使えない器具や機械に対し短時間照射するだけで滅菌することができます。
X線は昔から診断・治療に使われてきましたが、同じ性質を持つガンマ線を利用したのがガンマナイフです。これは主に脳腫瘍や頭頚部腫瘍等の治療に用いられるものです。複数のガンマ線の線源をヘルメットのような形状に並べ、そこから病巣部に対して集中的にガンマ線を照射する治療法です。個々の線源から照射されるガンマ線は細く弱いので、線源から病巣部への通過線上にある細胞等、病巣部周囲の正常な組織をほとんど傷つけることがありません。つまり副作用が最小限に抑制されるということです。一方、病巣部に対しては複数の線源から照射されたガンマ線が集中することにより、大きなエネルギーが与えられ、病巣部分を死滅させることができます。
これらに加え、ここ10年ぐらいで放射線治療はかなり進歩し、従来取り扱いが難しいとされる炭素、ネオン、アルゴン等を活用した重粒子線も安全性を高めて利用できるようになってきました。これらを活用した放射線治療は先進医療とされていますが、頭頸部や前立腺のがん等、一部のがんは公的医療保険を適用して治療することができます。
九州では佐賀県にこの重粒子線を用いてがん治療を行う九州国際重粒子線がん治療センター(サガハイマット)があります。
このように、医療においては、放射線の特性を理解した上でそのマイナスに作用する部分を上手くコントロールし、プラスに作用する効力の最大化を図ることで、放射線は安全に賢く利用されています。
正確な知識を持って適切な行動をしよう
放射線に関しては、怖いイメージが先行して、その特性を正しく知ろうとしない人が多いように思います。けれども正しい知識がなければ適切な行動ができません。例えば、放射線防護の3原則は、①時間(放射線に曝されている時間を極力短くすること)、②遮へい(遮へい物を設置すること)、③距離(距離を離すこと)です。これを認識していれば、仮に放射線に関するトラブル等が発生しても適切に行動することができます。福島第一原子力発電所の事故の後、私たち教育者はそれまで放射線教育をきちんと行ってこなかったことを反省し、各種講義に放射線に関する項目を取り入れるようにしました。
正しい知識に基づき、適切な行動をとることが重要であることは、放射線に限らず、新型コロナウイルスや原子力発電などに対しても共通する姿勢だと思います。
「怖い」というイメージにとらわれるばかりではなく、対象を正しく理解した上で、活用する際のメリット・デメリットを考え、可能であればリスクコントロールを行いながら、上手に活用するべきです。対象を正しく理解することで、適切な対応策の選択について、自身で能動的、積極的に考察できるようになると思います。
昨今、インターネットが普及し、ネット上に様々な情報があふれ、誰もが簡単に大量の情報に触れることができます。しかしながら、その情報には正確なものから不正確なものや偏向されているものまで交じり合った状態です。だからこそ情報を鵜呑みにするのではなく、一度立ち止まって考えることが大切です。与えられた情報や教えられた知識を表層的に理解するのではなく、疑問を持ち、その原因、背景等も含めて自分で検証してください。この考え方や姿勢は医療の世界のみならず、今後、みなさんが社会で活動していく上で必要なことだと思います。私自身、医学を志す学生たちを育成指導する立場の者として、彼らにこのことをしっかりと伝えていきたいと考えています。