Vol.19 脱炭素化に貢献する原子力発電の未来
九州大学 大学院工学研究院 エネルギー量子工学部門 教授
藤本 望 氏
近年、脱炭素化を目指す動きが世界中で進む一方で、ロシアのウクライナ侵攻など国際情勢が不安定化しています。こうした状況の中、今後のエネルギーを考える上でその役割が再認識されているのが原子力発電です。原子力利用の現状と将来に向けた技術開発について、原子力を専門とする九州大学工学研究院教授の藤本望氏に伺いました。
エネルギーを取り巻く課題と日本の現状
日本は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルを目指していますが、その実現にはエネルギー利用の脱炭素化が不可欠です。また、コロナ禍からの景気回復や資源開発への投資減少などによりエネルギー資源価格は上昇傾向にあります。その中で起こったロシアのウクライナ侵攻によって、各国はエネルギー資源の価格高騰と供給不安に直面しています。戦争などの地政学的な問題が、エネルギー供給に大きな影響を与えることを改めて実感する出来事となりました。
現代の私たちの生活にはたくさんのエネルギーが必要で、将来的にもこの生活を大きく変えることはできないでしょう。どうやってエネルギーをまかなっていくのか私たち一人ひとりが真剣に考える必要があります。
エネルギー資源の多くを輸入に頼る日本では、今回のようなエネルギーを巡る国際情勢の変化から大きな影響を受けます。日本のエネルギー自給率は11.2%(2020年度)しかなく、これを上げていくことが重要です。日本が技術・資源の両面において国内でまかなえるエネルギーを考えると、原子力発電と太陽光発電が将来的にも有用だと思われますが、太陽光発電は天候に左右されるため、ベースの電源となるのは原子力発電だろうと考えています。
日本の原子力発電所のこれから
現在の豊かな生活を維持しながらカーボンニュートラルを実現するためには、発電時にCO2を出さず、安定して発電できる原子力発電の活用が不可欠です。しかし、日本の原子力発電は厳しい状況にあります。国による安全審査の長期化などで再稼働が進まないことに加え、将来的には原子力発電の設備容量が大幅に減少する見通しだからです。
第6次エネルギー基本計画で示されたエネルギーミックスでは、2030年の電源構成における原子力の割合を20%程度としており、そのためには3000万kW規模の発電能力が必要になります。当然ながら、2030年以降も同程度の発電規模が必要でしょう。ところが、国内の原子力発電所36基が運転開始から60年運転すると仮定しても、2040年代以降は設備容量が大幅に減少すると予想されています。2035年以降も原子力の割合を維持するためには、2000万kW程度の導入が必要なのです。
この問題を解決するには、100万kW規模の原子力発電所を新増設していく必要があり、建設にかかるリードタイムを考えると、できるだけ早期に取り組むべきだと思います。
また、原子力発電所の運転期間についても考える必要があります。現在、運転期間は原則40年で、1回に限り最大20年延長できることになっています。この40年という数字にはあまり技術的な根拠がなく、設備更新を適切に行えば運転期間を延長しても安全に運転することは可能です。既に関西電力の美浜3号機が40年を超えて運転していますし、海外でも40年以上運転している原子力発電所が多くあります。国内外の実績などを踏まえ、運転期間の制限も見直していくべきではないでしょうか。
今後期待されるSMRなどの次世代原子炉
脱炭素化に向けて原子力を利用していくために期待が寄せられているのが次世代型の原子炉です。現在の主流である大型の軽水炉も引き続き必要ですが、小型モジュール炉(SMR)や高温ガス炉といった新しい原子炉の研究開発が進んでいます。
小型モジュール炉(SMR)とは出力が概ね30万kW以下の原子炉のことで、さまざまなタイプがあります。数万kW程度のものも多く、こうした炉を数基ならべて設置することで、必要な量を発電することもできます。そして、SMRの最大の特長はその安全性です。小型で出力が小さいため、万一事故が起こっても自然循環などにより原子炉内の温度がほとんど上昇しないことが確認されています。また小型化により設備そのものを簡素化できるため、メンテナンスに手がかからないことから、さまざまな場所に造ることができます。ですから、SMRは離島や僻地などの需要の少ない場所で地域のエネルギーをまかなう手段としても有用だと思います。
高温ガス炉は、燃料の被覆材料(注1)に耐熱性に優れたセラミックを、冷却材(注2)に高温でも化学的に安定しているヘリウムガスを、減速材(注3)には黒鉛を用います。これにより、950℃近くの高温の熱を取り出すことができる一方で、万が一事故が起きても、燃料が溶け出したり、水素爆発したりすることはなく、自然に冷却できるようになっています。高い安全性と高効率を実現する次世代炉といえるでしょう。
(注1) 被覆材料:核分裂によって放出される放射性物質を外部に漏らさないよう封じ込めるために用いられるもの
(注2) 冷却材:核分裂によって放出された熱を原子炉から取り出す役割を果たすもの
(注3) 減速材:原子炉内で核分裂により発生した高速の中性子のスピードを落とし、次の核分裂を起こしやすい状態にするもの
発電だけではない原子力の可能性
次世代炉については海外での開発が先行しています。米国NuScale社が開発中のSMRプラントは、2029年の運転開始を目指して建設計画が進んでおり、日本からもIHI、日揮が出資しています。英国ロールスロイス社が主導する企業連合もUK SMRと呼ばれる小型軽水炉を開発中です。またロシアでは、世界で唯一のはしけに載せた軽水炉アカデミック・ロモノソフ号が稼働しており、資源が乏しく、輸送も難しい極東地域などで利用されています。日本でも次世代炉開発に取り組んできましたが、技術革新を図るため、海外の開発案件にも積極的に参画していく方針です。
原子力の利用法は発電だけではありません。例えば前出の高温ガス炉では、950℃の高温の熱を利用して水素を製造する研究が行われています。この方法は熱化学法ISプロセスと呼ばれ、現在のところ日本だけが成功している技術です。原子力をさまざまな分野に応用していくことにおいて、日本はトップクラスの技術を持っているのです。水素はカーボンニュートラル実現に重要な役割を担いますが、その製造方法が課題となっています。高温ガス炉にはカーボンフリー水素を安価に大量に供給できる可能性があるのです。
このように、原子力にはさまざまな可能性がありますが、放射線への不安から拒否反応を示す人も少なくありません。イメージだけで判断せず、事実や知識をもとに対話できる人が増えていってほしいと思います。