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『電気』はどうやって作っているの?

寄稿

電力の安定供給に向けた課題と対策

東海国立大学機構
岐阜大学高等研究院 特任教授

浅野 浩志 氏(あさの ひろし)

東京大学卒業、同大学院修了。博士(工学)。
東京大学工学部助教授、同大学院教授、早稲田大学大学院理工学術院先進理工学研究科客員教授を経て、現在、東海国立大学機構岐阜大学高等研究院地方創生エネルギーシステム研究センター特任教授、(一財)電力中央研究所研究アドバイザー、東京工業大学科学技術創成研究院ゼロカーボンエネルギー研究所特任教授。第12代エネルギー・資源学会会長。内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「IoE社会のエネルギーシステム」サブ・プログラムディレクター。経済産業省グリーンイノベーション戦略推進会議ワーキンググループ委員。

1. 電力需要ひっ迫の背景と要因

我々の日常生活や社会経済活動の維持に安定したエネルギー・電力供給が不可欠である。1990年頃から欧州、米国で始まった電力自由化政策の波が、我が国にも押し寄せ、1995年の阪神・淡路大地震の復興および産業の国際競争力向上のため、発電分野の自由化が始まって以降、小売部門の段階的自由化、2016年のライセンス制導入、2020年の送配電部門の法的分離など、事業の効率化を最優先する政策がとられてきた。多くの国と同様、総括原価主義に基づく安定供給第一の規制方式から自由競争になれば、新規電源投資等に対するファイナンスも厳しくなり、安定供給の要であるベースロード電源(原子力発電、石炭火力)に対して過小投資になる傾向がある。実際、高額の保守維持費がかかり、可変費の高い老朽火力が休廃止に追い込まれ、予備的な電源を維持できなくなり、中長期的に需給ひっ迫が起きやすい状況に陥ってしまう。安定供給のため、競争政策と補完的なスキームが必要になる。

自由化政策に加え、持続的でない性急な脱炭素化政策もエネルギー需給構造の不安定化の要因の一つである。欧州の金融機関などは国策として化石燃料分野への投資を急速に絞り、世界のエネルギー供給の8割を占める化石燃料の上流分野への投資が減少してきた。さらにこの状況を悪化させたのがロシアのウクライナ侵攻である。長期のエネルギー安全保障政策を見誤り、ロシアの天然ガスへの依存度が高いドイツなど厳しい節ガス対策と、原子力早期閉鎖の一時停止や石炭火力の利用で何とかエネルギー危機を乗り越えようと躍起になっている。

一方、2050年カーボンニュートラル実現を目指す日本政府は、官民のグリーントランスフォーメーション(GX)を推進する中、そのGX実行会議にて現下のエネルギー危機を克服するため、2011年以降停滞している原子力の利用を強力に推し進めることを宣言した。国内の取組み強化に加え、日米が対中露の競争力とエネルギー安全保障確保に向けて、革新炉など原子力分野の協力を深化させることも日米首脳が宣言した。

2021年以降の電力危機に直面した教訓から、供給力不足に備えた事業環境が整っておらず、原子力発電所の再稼働の遅れが原因であることなど、自由化など電力制度全体の再点検が必要であることも政府は言明している。十分な予備力を確保できる電源投資の支援制度が必要であるが、容量市場が十分機能するかは今後次第である。その場しのぎの短期的な節電対策ではなく、長期的に持続し、信頼できるデマンドレスポンス(DR)※の本格的な普及を推し進めるなど需要側の対策も不十分であった。

※電力を使う需要家が、電気を使う量を抑えたり時間をずらしたりすることで需要バランス調整に一役買うしくみ

2022年、関東での需給ひっ迫は、原子力および火力による供給力が不十分であれば、長期的なカーボンニュートラル実現に向けて太陽光発電(PV)をはじめとする再生可能エネルギーを主力電源化したときの安定供給の難しさを広く国民に知らしめた事象であった。安定的なベースロード電源(原子力発電)を失ってきて、電力供給システムが脆弱化してきた構造的な需給問題である。

図1全国の火力発電所の供給力の推移

  • 火力発電の供給力は、2016年度以降、設備の休廃止により大きく減少。2022年度は1.1億kW余りと最も低くなっている。
  • 設備の休廃止の動向にもよるが、2023年度は新設火力の運転開始等に伴い、供給力が増加に転じる見通し。

出典:供給計画届出書
出所:資源エネルギー庁HP「2022年度の電力需給と総合対策について」より作成

2.当面の電力需要対策

電力需給に関する検討会合(2012年6月22日)において、需要家の節電への協力にもかかわらず、電力需給がひっ迫する可能性がある場合には、あらかじめひっ迫が想定される特定の電力会社管内に「電力需給ひっ迫警報」を発令し、緊急節電要請を行うこととしている。電力の需給バランスが乱れると予想される場合に事前に国民に向けて節電への協力の呼びかけを行い、計画停電やいわゆる「ブラックアウト」などの大規模停電を防ぐことが目的である。この警報は発電所の故障や天候不順などで需給のバランスが乱れると事前に予想できるときに発表するものであり、地震などで突然需給バランスが乱れた場合はこの警報を発表せずに、UFR(周波数低下保護装置)による自動的な負荷遮断や計画停電などを行う場合もある。

2022年6月7日、政府は電力需給に関する検討会合を開催し、注意報・準備情報の新設を決定した。6月26日、翌27日の東京電力管内において、当初の想定より気温の上昇が見込まれ、予備率が5%を下回る見通しとなったことから、新設された電力需給ひっ迫注意報が初めて発令された。

主力電源と期待されていたPVも悪天候のため、最大でも設備容量(17.8GW)の1割程度(1.75GW)しか期待できなかった。改めて、変動電源のkW価値の低さを露呈した。PVの発電状況が電力需給そのものに大きな影響を与える傾向が顕著になった。当面、我が国の再生可能エネルギー主力電源化の柱がPVであるため、先進的なパワーエレクトロニクス技術・ICT等を駆使し、自ら創出できる調整力活用など一層の電源価値向上を目指すイノベーションとその実装が必要である。

構造的な要因として、原子力発電の再稼働の遅れ、高経年火力(主に石油火力)の休廃止による供給力の低下がある。電力自由化政策により発電コストを抑制するため、短期限界費用(可変費相当)の高い火力を廃止・長期休止すことに加えて(図1)、短期限界費用の安価なPVが大量に参入したため、既存火力の退出とともに固定費回収リスクの高い新設火力への投資が鈍化したことが要因と推察される。これは、いわゆるmissing money problemと呼ばれ、専門家の間では従来から指摘してきた基本的な問題である。十分な供給信頼度を確保するために電源投資インセンテイブが不十分な状況である。2024年度以降は容量市場によりいくらかは緩和されるものの、過渡期において問題が顕在化してしまった。確実な費用回収が可能となり、投資の予見性を高める制度の整備が急がれる。

3.課題と今後の対策

政府が安定供給に向けて主な検証すべき課題として指摘したものは、

  • 〇供給力確保策(容量市場・追加kW公募、電源投資促進、電
     源休廃止対策等)
  • 〇電力ネットワーク整備(マスタープラン、連系線・周波数変換
     装置、蓄電池・揚水等)
  • 〇電気事業者・広域機関の需給調整対応強化(需要想定、
     供給側対策・揚水・融通等の活用、需要抑制アプローチ、広域
     機関・事業者間連携等)
  • 〇国の節電要請の手法・タイミング、最終的な需要抑制策
     の在り方

と多岐にわたる。

対価を伴う節電(下げDR)の普及拡大などの対策があげられた。広く需要家の理解を得て、緊急時DRによる需給バランス維持能力の確保、経済DRによる平常時の需給バランスの確保も充実するべきである。PVなど変動電源が主力電源の一つとして供給力の価値を上げるためには、高価な蓄電池の前に、安価かつカーボンフリーな需要側資源による調整力を充実させていくことが、カーボンニュートラルと安定供給の双方に寄与する。

長期的な対策として、広域連系の増強、蓄電池・水素などエネルギー貯蔵設備による揚水発電機能(系統柔軟性)の補強にも取り組む必要がある。安定供給、低炭素化、安定した電力価格水準を同時達成できる、外乱に強い多様で柔軟な電源ポートフォリオを構築することはエネルギー政策の基本である。

(2023年1月)

 
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